結婚ノすゝめ
実家を出て一時間ほど車を走らせた頃、田宮さんが「美花が住んでいるアパートに寄ろうか」と言い出した。
…『寄る』と言う事は、やっぱり今日中に引っ越しをと考えているのかな。
「あの…色々と荷物の整理もありますので、引っ越しはもう少し先でも…。」
カーナビに私の住所を入れてと言われて、操作しながら田宮さんにそう話をしてみる。
「まあね。引っ越しとなると色々と準備はあるだろうから。でも、新居の方がより会社にも近いし通勤も便利だと思うよ?」
「私の職場の場所、ご存知なんですか?」
身の上話をする時に名前は出したし、S Pの手配と契約をするときに、私の勤務先が必要で、成和証券会社の場所などはお伝えしたけれど…。
小首を傾げた私をチラリと横目で一瞥するとまた進行方向を向く。かわりに唇の両端をクッとあげ目を細めた。
「成和証券は今勢いがある会社だからね。ディーラー部門から、コンサルタント部門まで骨組みがしっかりとしていて、証券会社の中ではシニア層の取引率が高い。大きな取引を沢山しているわけではないが、顧客の信頼度はトップクラスだろう。まあ…社長がそう言う方針だからだろうけれど。」
よく…ご存知だな。
もしや私、顧客に手を出してしまったのではと急に焦燥感に駆られだす。
「もしかして、うちと取引をされたことがある…。」
「残念ながらないんだよな。あったらもっと早く美花と出会えたかもしれないのにな。」
赤信号で止まると、また掌をぽんと私の頭の上に置き、こちらに顔を向ける。
「…お客様と従業員ではそう言う話にはならないと思います。」
「そ?俺、結構話を引き出すの上手いよ。」
それは認めるけれど。
追い詰められて、見た目も気持ちもボロボロだったとは言え、あれよあれよと言う間に、身の上をしっかりと話たからね、私。
どうも田宮さんには気持ちを許しがちなんだよな…。
これからは同居人なのだから、多少はそれでも良いのかもしれないけれど。
「とにかくさ、新居はセキュリティもしっかりとしているし、できれば今日から新居で生活して欲しい。俺の我がままだと思ってお願い出来る?」
昨日から、セキュリティの事をとても言う田宮さん。まあ、この人は追いかけられているボロボロな私を目の当たりにしているわけだから当然と言えば当然なのかもしれない。でもS Pと言い過保護過ぎる気もする…『女避け』のためだけに側に置いておく人間にここまでするなんて。どれだけ凄いのだろうか、田宮さんの女性関係は。
結局、想像がつかない『凄い女性関係』に行きついて、考えても仕方ないかと軽くため息をつく。心配してくれているのだから、素直に感謝して田宮さんの言う通りにしよう。
「引っ越し屋の手配はした。来週の日曜日だ。土曜日に一度帰って来て準備できるだろ?荷物を詰めるのは全部引っ越し屋がやってくれるから、美花はそこに立ち合いしていれば良い。」
昨日の今日で引っ越し屋の手配まで。
うちから都内まで、空いていても一時間以上かかる。それから田宮さんの今住んでいるお宅までがどのくらいなのかは分からないけれど、昨日別れたのだって夜だったわけだし、今日はまた早朝に迎えに来てくれた。ロイヤルスカイタワーホテルのV I Pルームの常連になる程の財力の持ち主なのだから、それなりにお仕事も忙しいはず。それなのに私の事で時間を割いてくれている。
「あ、あの…田宮さん。」
「何?」
「ありがとうございます。」
カーナビが女性の一定のトーンで『そこを左です』と発し、それに従って田宮さんがハンドルをきった。
「それは昨日聞いたよ。美花は礼を言う必要はないから。お互い様でしょ?俺たちの関係は。」
そう、あくまでも、私は田宮さんの女性関係のために結婚し、田宮さんはその代わりに安全と安心をくれる。
そんな取引ではあるけれど。
「まあ…セキュリティについてはさ、俺自身が必要って言うのもあるから。新居も勝手に決めて申し訳なかったけれど、美花が住んでみてもし気に入らなければ引っ越しすれば良いし。」
こんなにスマートで丁重に扱って貰えるなんて…思わなかったな。
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…『寄る』と言う事は、やっぱり今日中に引っ越しをと考えているのかな。
「あの…色々と荷物の整理もありますので、引っ越しはもう少し先でも…。」
カーナビに私の住所を入れてと言われて、操作しながら田宮さんにそう話をしてみる。
「まあね。引っ越しとなると色々と準備はあるだろうから。でも、新居の方がより会社にも近いし通勤も便利だと思うよ?」
「私の職場の場所、ご存知なんですか?」
身の上話をする時に名前は出したし、S Pの手配と契約をするときに、私の勤務先が必要で、成和証券会社の場所などはお伝えしたけれど…。
小首を傾げた私をチラリと横目で一瞥するとまた進行方向を向く。かわりに唇の両端をクッとあげ目を細めた。
「成和証券は今勢いがある会社だからね。ディーラー部門から、コンサルタント部門まで骨組みがしっかりとしていて、証券会社の中ではシニア層の取引率が高い。大きな取引を沢山しているわけではないが、顧客の信頼度はトップクラスだろう。まあ…社長がそう言う方針だからだろうけれど。」
よく…ご存知だな。
もしや私、顧客に手を出してしまったのではと急に焦燥感に駆られだす。
「もしかして、うちと取引をされたことがある…。」
「残念ながらないんだよな。あったらもっと早く美花と出会えたかもしれないのにな。」
赤信号で止まると、また掌をぽんと私の頭の上に置き、こちらに顔を向ける。
「…お客様と従業員ではそう言う話にはならないと思います。」
「そ?俺、結構話を引き出すの上手いよ。」
それは認めるけれど。
追い詰められて、見た目も気持ちもボロボロだったとは言え、あれよあれよと言う間に、身の上をしっかりと話たからね、私。
どうも田宮さんには気持ちを許しがちなんだよな…。
これからは同居人なのだから、多少はそれでも良いのかもしれないけれど。
「とにかくさ、新居はセキュリティもしっかりとしているし、できれば今日から新居で生活して欲しい。俺の我がままだと思ってお願い出来る?」
昨日から、セキュリティの事をとても言う田宮さん。まあ、この人は追いかけられているボロボロな私を目の当たりにしているわけだから当然と言えば当然なのかもしれない。でもS Pと言い過保護過ぎる気もする…『女避け』のためだけに側に置いておく人間にここまでするなんて。どれだけ凄いのだろうか、田宮さんの女性関係は。
結局、想像がつかない『凄い女性関係』に行きついて、考えても仕方ないかと軽くため息をつく。心配してくれているのだから、素直に感謝して田宮さんの言う通りにしよう。
「引っ越し屋の手配はした。来週の日曜日だ。土曜日に一度帰って来て準備できるだろ?荷物を詰めるのは全部引っ越し屋がやってくれるから、美花はそこに立ち合いしていれば良い。」
昨日の今日で引っ越し屋の手配まで。
うちから都内まで、空いていても一時間以上かかる。それから田宮さんの今住んでいるお宅までがどのくらいなのかは分からないけれど、昨日別れたのだって夜だったわけだし、今日はまた早朝に迎えに来てくれた。ロイヤルスカイタワーホテルのV I Pルームの常連になる程の財力の持ち主なのだから、それなりにお仕事も忙しいはず。それなのに私の事で時間を割いてくれている。
「あ、あの…田宮さん。」
「何?」
「ありがとうございます。」
カーナビが女性の一定のトーンで『そこを左です』と発し、それに従って田宮さんがハンドルをきった。
「それは昨日聞いたよ。美花は礼を言う必要はないから。お互い様でしょ?俺たちの関係は。」
そう、あくまでも、私は田宮さんの女性関係のために結婚し、田宮さんはその代わりに安全と安心をくれる。
そんな取引ではあるけれど。
「まあ…セキュリティについてはさ、俺自身が必要って言うのもあるから。新居も勝手に決めて申し訳なかったけれど、美花が住んでみてもし気に入らなければ引っ越しすれば良いし。」
こんなにスマートで丁重に扱って貰えるなんて…思わなかったな。
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