ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
郊外にあるショッピングモールは、去年オープンしたばかり。様々な店があり、映画館まである。
千波さんは初めて来たようで、目を輝かせながら辺りを見回している。
「凄いね、一日中いられるね」
「そうだね。行きたい店があれば言って」
「はるちゃんの買い物が先でいいよ。虫除けだったっけ?どのお店?」
「こっち」
千波さんの手を引いて、目当ての店に向かう。
「はるちゃんは、ここ来たことあるんだよね」
「千波さんの、誕生日プレゼントの候補だったケーキ屋さんがあるんだよ」
「えっ、ザッハトルテ?」
「そう。ここのは第2候補で、プレゼントしたのはリリーガーデンのだったけどね」
「はるちゃん、わざわざここまで来たの?」
「うん。試食してから決めないと、と思って」
千波さんは、ぽかんとして俺を見た。
「……どうかした?」
なんか変なこと言ったか?
千波さんは、首を横に振った。
「そんなに、いろいろしててくれてたんだなって思って」
頭を、俺の腕にぽんと付ける。
「ありがと」
うああああ、可愛い!
と、叫びたいのを我慢して、代わりにつないだ手に少し力を込めた。
ある店の前で、足を止める。
「ここ」
そこは、モールの中でも小さい店舗だった。
「ここ、に、虫除け?」
千波さんの目が点になっている。
「そう。入るよ」
俺はガラスの扉を開けた。
「どうぞ」
促されて千波さんが入る。俺も、後に続いた。
ここは、アクセサリーショップだ。
店の中には、葉や花、木や水、様々な自然の中にある物をモチーフにした手作りのアクセサリーが並んでいる。
小さな店内に、客は俺達だけだった。
千波さんは、ぽかんと店の中を見回している。
俺は笑いをこらえた。
「千波さん、大丈夫?」
「え……っと?」
虫除けは?と言いたいみたいだけど、あまりにも自分の予想と違ったので、言葉が出てこないらしい。
「いらっしゃいませ」
店員さんが来た。
俺を見て、あれっという顔をする。
「お客様……以前にも来ていただきましたよね?」
そう聞かれて、頷いた。
ザッハトルテを買いに来た時にこの店を見付けた。
その時も、この女性がいたのだった。半年以上前のことなのに、覚えていてくれたらしい。
「ご来店ありがとうございます。ひょっとして、あの時の物をお探しですか?」
「そうなんですけど、まだありますか?」
「残念ですが、あの時の物は売れてしまったんです。でも、新作があります。そちらも、モチーフは同じですから、気に入っていただけると思いますよ。ご覧になりますか?」
「お願いします」
「ではお待ちくださいね」
店員さんは、奥に行った。
千波さんが、俺の背中をつつく。
「はるちゃん……虫除け買うんじゃなかったの?」
「そうだよ」
「このお店に虫除けがあるの?」
「うん、今出してくれるって」
千波さんは、眉根を寄せている。
「お待たせ致しました」
店員さんが、トレイを持ってきた。
「こちらが、『波』をモチーフにした、新作のネックレスです」
トレイには、ネックレスが一つあった。
銀色のチェーンに、銀色のうねうねっとしたペンダントトップ。これが波をモチーフにしているんだそうだ。
うねうねの真ん中に緑色の小さい宝石が埋まっている。
「この石はペリドットという石で、8月の誕生石として知られています。波と言えば青と思いますが、作っている者が、何故か緑がいいと言って、これになりました」
千波さんを前に出して、見せてもらう。
「これが、虫除け?」
千波さんは、やっぱり目が点だった。
「虫除け、ですか?」
店員さんも、目が点だ。
「どう?千波さん。つけてみようよ」
俺がそう言うと、店員さんが目を輝かせた。
「千波さんとおっしゃるんですか?ああ、それで前の時も……」
俺は、照れくさくて、笑ってごまかした。
店員さんは鏡を持ってきた。
「どうぞお客様、当ててみてください」
まだ目が点になっている千波さんに、ネックレスを当ててあげた。似合ってる。
「これなら、仕事中に付けてても大丈夫でしょ?」
「え、うん……」
千波さんが、不安そうに俺を見上げる。
「気に入らない?他にいいのがあればそっちでも……」
「ううん、凄く素敵」
「じゃあこれでいい?」
「いいっていうか……」
どういうこと?と顔に書いてある。
俺は、笑って、店員さんに向いた。
「このまま着けていっていいですか?」
「もちろんです。では一旦こちらでお預かりします」
俺がネックレスをトレイに乗せると、店員さんはにこにこで奥に消えた。
千波さんが、俺を振り返る。
じっと見られる。説明を求めているらしい。
その顔も可愛くて、笑い出しそうになるのをこらえた。でも、千波さんには伝わってしまったようで、むくれている。
おもしろいから、わざと話をそらした。
「あれなら、大抵の服装に合うんじゃないかと思って。前に見たのも、似た感じのデザインで、誕生日プレゼントにしようかって思ったんだけど、あの時はまだただの後輩だったし。今ならいいでしょ?」
「いや、あの、そうじゃなくて」
「千波さん、アクセサリーはほとんどつけないけど、ネックレスは時々つけてるから」
「だから、そうじゃなくて」
「お待たせ致しました」
店員さんがネックレスを持ってきた。
「どうぞ、つけてあげてください」
トレイを俺に差し出す。
ネックレスを千波さんにかける。金具を留めるのにちょっと手間取ったけど、無事につけてあげられた。
シンプルだけど、波のカーブがアクセントになっていて、大人っぽくも可愛くも見える。
角度によって緑の石がキラキラして、千波さんが眩しく見えた。
千波さんは、まだハテナマークを顔に付けてるけど、ネックレスは気に入ったみたいだ。
「じゃあ、お願いします」
店員さんに、支払いをお願いすると、千波さんが焦り出した。
「え、これ、どうするの?」
「どうするって。買うよ」
「はるちゃんが?」
「そうだけど」
「でも、誕生日でもないのに」
「だから虫除けだって言ったでしょ」
「え、それどういう……」
「ああ、虫除け!」
俺達の会話を聞いていた店員さんが、大きな声を出す。すぐにハッとして、頭を下げた。
「大変失礼致しました。思わず口に出てしまって」
千波さんより少し年上に見えるその人は、顔を少し赤くした。
「虫除けって、そういう意味だったんですね。そういうことなら、是非見ていただきたい物がございます。少しお待ちください」
そう言って、また奥に消える。
千波さんと俺が顔を見合わせていると、トレイを持って戻ってきた。
「ご予算もあると思いますので、無理におすすめはできませんが……」
トレイには、ネックレスと同じデザインの指輪があった。
「わあ、綺麗」
千波さんがちょっとはしゃぐ。
指輪の方がデザインと宝石が映えて見える。
「ネックレスとお揃いですから、虫除け効果もパワーアップすると思います。何よりお客様の印象とぴったり合っていますから、選んだ方のセンスもアピールできるので、効果倍増ですよ」
店員さんにすすめられて、指輪もつけてみる。
千波さんの小さい手に、それはよく似合っていた。
「じゃあこれもお願いします」
「かしこまりました。こちらもつけて行かれますか?」
「そうですね、そうします」
「サイズもピッタリですね。では、こちらも一旦お預かり致します」
店員さんは、もう一度奥に消える。
千波さんが1人で焦っていた。
「はるちゃん、お金」
「駄目だよ、千波さんにプレゼントなんだから」
「でも指輪もなんて」
「大丈夫。予算には収まってるから」
「だって」
「これはね、俺の安心料。だから、どっちかは必ずつけるって約束して。特に会社では」
「安心料?」
「そう。虫除けって、千波さんに寄ってくる虫のことだよ」
「え……」
やっと意味がわかったようだ。
「そんな、虫なんて寄ってこないよ」
「安心料だって言ったでしょ。千波さんがこれつけてると、俺が安心するの。だから、俺のために受け取って」
千波さんはまだ何か言いたそうだったけど、店員さんが指輪を持ってきたので、そっちに向く。
「どうぞ」
店員さんが、にこにこと俺にトレイを差し出す。
照れくさかったけど、これは俺がしたい。
指輪を取って、千波さんの右手の薬指に入れる。
指輪はキラキラして、千波さんも嬉しそうに笑っていた。
支払いを済ませて、外に出た。
陽の光に当たって、緑色の石がキラキラ反射する。
ネックレスも指輪も千波さんに似合っていて、俺は満足だった。
これが、本当に虫除けになるかはわからない。
でも、牽制にはなるはずだ。俺がいないところでも、俺の存在を知らせることができる。
千波さんがこれをつけていると、俺を思ってくれているのだと、安心することができる。
「受け取ってくれて、ありがとう」
歩きながら、千波さんに言った。
「……私こそ、ありがとう。大切にするね」
千波さんに、笑顔が戻っている。
良かった。
「帰りに、第2候補のザッハトルテ買っていこう」
「うん、私も食べてみたい」
それから、俺達は夕方までぶらぶらして、初めてのデートを楽しんだ。
ネックレスと指輪をつけた千波さんは、いつにも増して綺麗に見えるから、俺はドキドキするのを抑えながら、一緒に歩いた。
電車に乗って、千波さんの家に行く。
まだ一緒にいられるんだと思うと、胸が高鳴る。
夕食をどうしようか話したら、千波さんがもじもじしながら言い出した。
「あの、この、ネックレスと指輪のお礼に、お礼にはならないかもしれないけど、今日の夕ご飯は私が……作ろうかと……」
「え、いいの?」
千波さんが頷く。
初めての手料理だ。
「でも、私、はるちゃんみたいに上手じゃないから、あんまり期待しないでね」
焦って言う千波さんに、笑顔で返した。
「嬉しい」
はにかむ千波さんは、最高に可愛い。
可愛い恋人と一緒に、買い物をして帰る。
幸せだ、と叫びたいくらいだった。