ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 次の日の朝、千波さんから熱は下がったけど今日は休む、というメッセージがきた。

 俺が、昨日行かなかったから?

 そう思うのはあまりにもひねくれている、と思い直した。
 でも、頭の隅でトグロを巻いている。
 この前、久保田に嫉妬した感情を追いやったのと同じ場所で、ぐるぐる回ってる。

 駄目だ、こんなんじゃ。
 千波さんの具合が良くなったことを喜ぼう。
 きっと、あの笑顔を見れば、なんでもなくなる。
 
 メッセージが来たのは出がけだったから、駅まで歩きながら電話をかけた。
『はるちゃん、今出勤中でしょ?何かあったの?』
 千波さんは心配そうな声で、少し焦っている。
「今駅に向かってる。何もないよ。……ちょっと、声聞きたくて」
『なんだ……びっくりした』
 千波さんの声は、まだ少しかすれている。でも元気そうだ。
「朝からごめん」
『私はいいんだけどさ、休みだし。仕事頑張ってね』
「うん」
 千波さんの声を聞いただけで、力が出てくる。
「き……」
 今日、帰りに寄ってもいい?
 そう言いそうになって、止めた。
 昨日の今日だ、ゆっくりさせてあげた方がいい。



 昨日までの俺なら、帰りに寄って、夕飯を作ってあげて、何かしたっていう気になって、自己満足に浸っていたかもしれない。

 でも、昨夜、一晩中考えた。

 1人になりたい時は、俺にもある。
 千波さんにもあるだろう。病気じゃなくても、そういう時はあるはずだ。

 付き合い始めてから今まで、忙しくて会えないことが多かったから、時間ができたら会っていた。自分が一緒にいたくて、そればっかりだった。千波さんの気持ちを考えてなかった。

 体を気遣うことはあっても、心を気遣うことを忘れていた。

 それをそのままにしていたら、いつかきっと限界が来る。

 今、気付けて、良かったかもしれない。



『はるちゃん?なに?』
「いや……あの、夜、帰ってから電話していい?」
『うん。待ってるね』
 こんな一言でも、テンションが上がる。
 まだ話したかったけど、駅に着いてしまった。
「じゃあ、夜に」
『うん。いってらっしゃい』

 これはいい。凄くいい。
 外周りに行く時に言ってくれるのと、また違う。
 俺だけの「いってらっしゃい」だ。

 これが聞けるんなら、仕事に行くのも辛くない。いや、逆に行きたくなくなるな。
 じゃあもしかして、俺だけの「おかえりなさい」もあるのか?今日電話したら聞けるのか?

『はるちゃーん?おーい』
 妄想に入りそうになっていたら、千波さんの声で現実に戻された。
「あ、ごめん。いってきます」
『気をつけてね』
「うん、じゃあまた」
 電話を切る。

 俺の顔は、今、相当締まりがないに違いない。
 中村さんがここにいたら、絶対に「キモい」と言われる自信がある。
 ちょっと浮かれ過ぎだ。でも嬉しい。

 にやにやしながら会社に向かう。
 今日も頑張ろう。そして早く帰ろう。
 俺だけの『おかえりなさい』を聞くために。


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