ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
翌日、いつも通り千波さんが出勤していた。
給湯室に行ったら、花を活けている。
「はるちゃん、おはよう」
笑顔が眩しい。
俺は、周りに人がいないのを確かめて、持っていたウォーターサーバーの受け皿を脇に置いた。
千波さんに近付いて、ぎゅっと一瞬抱きしめる。
大きく息を一つついて体を離すと、真っ赤な顔をした千波さんが、俺をにらんでいた。
「……いきなりこういうことしないでください」
ああ、安定の可愛さだ。
つい顔がほころんでしまう。
「すいませんでした」
そう言ってへへっと笑うと、千波さんは更に顔を赤くして言う。
「明日……帰りに、来る?」
「……いいの?」
笑顔で頷いてくれた。
「体調は?」
「もう平気。出かける元気はないけど、家でなら、と思って……」
恥ずかしそうに下を向く。
初めて家に行った時以来かな、誘われるのは。
今までずっと、俺が「行っていい?」と聞いていたから。誘われるのが待ち切れなくて。
「じゃあ、何かおいしい物作るよ。食べたい物あったら教えて」
そう言ったら、千波さんが嬉しそうな表情になった。
「でも、仕事帰りで疲れてるでしょ?明日は外で食べよう。明後日作って」
「えっ……」
明日は金曜日。明後日は2人共休みの予定だ。
それって、明後日の夜も一緒にいていいってこと?
いつもは、俺が「いてもいい?」って聞いてたけど、もしかしてもう千波さんは一緒にいるつもりでいる?
一瞬戸惑った俺を見て、千波さんが表情をくもらせた。
「ごめん、何か用事あった?なら無理しなくてもいいんだけど」
「違う違う」
誤解させた。慌てて否定する。
「用事なんてないから。じゃあ明後日作るから、食べたい物あったら教えて」
「わーい、何がいいかな〜」
ぱっと笑顔になる。
今までなら、ここで「ほんとに用事ないの?無理してない?」「大丈夫だよ」っていうやり取りがあったはずだった。
それがない。
用事はないって俺の言葉を、千波さんがすぐに受け入れてくれたからだ。
確実に、距離は縮まっている。
俺は嬉しくて調子が良くなり、その日の仕事を快調に進めた。
その日も当然一緒に帰る。
電車を降りて、手をつないで。
千波さんの部屋の前で、抱きしめて。
我慢できなくなるからキスは軽く、と思っていたのに、やっぱり我慢できなくて深くなってしまった。
千波さんの表情がとろんとなって、一緒に部屋に入りたくなったけど、それは必死で我慢した。
今日は絶対に疲れてる。久しぶりの仕事だったから、疲れてないはずがない。休ませないと。
明日は、一緒に部屋に入るんだから。明後日も一緒にいるんだから。頑張って我慢しろ、俺。
長く長く……後ろ髪を引かれながら、家に帰った。