ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
次の日の帰り。
駅向こうの洋食屋さんで夕飯を食べて、千波さんの家に行った。
途中で買ってきた物を冷蔵庫や棚にしまう。
千波さんは、その間に風呂を洗っていた。
「はるちゃん、先に入ってね」
言いながら、クローゼットから真新しいTシャツとトランクス、パジャマのズボンらしき物を出す。
「はい、これ」
俺は受け取って、それらと千波さんの顔を交互に見た。
「ウチ用ね。3セットあるから、自分の家のと回して使って。今さ、パジャマのズボンだけって売ってるんだね。まだ暑いから、これだけでいいかなって思って」
『ウチ用』?ここの、千波さんのウチ?
「適当に買ったから、気に入らないなら言ってね。もう少し涼しくなったら、長袖も用意しなきゃね」
「俺の……?」
ぼそっとたずねると、千波さんが笑った。
「そうだよ。私が着てもいいけど、ぶかぶかだから、はるちゃんが着てよ」
「……嬉しい」
笑う千波さんを抱きしめる。
愛おしさがこみ上げてくる。
ここに、千波さんの側にいていいんだと、実感していた。
「ありがとう。嬉しい」
3セットも用意してくれた。
長袖も、って言ってくれた。
昨日誘ってくれた時もそうだったけど、千波さんの中で俺がいることが当たり前になってきているみたいだ。
そして、それはこの先にも続いているらしい。
どうしよう、もの凄く、もの凄く嬉しい。
その気持ちは腕に表れたらしく、千波さんがもがいた。
「はるちゃん苦しい」
「ご、ごめん、大丈夫?」
「もう……私、いつか潰れると思う」
俺の腕の中で苦笑いする千波さんが可愛すぎる。
「気をつけます」
「よろしくお願いします」
今度はそっと抱き寄せた。
頭をなでると、千波さんは気持ち良さそうにすり寄ってくる。
ああ、可愛過ぎて、さっきからいろんなところが元気で困る。
それに気付いた千波さんが、顔を赤くした。
「やだ、もう……お風呂入ってきて。もうお湯たまってると思うから」
そう言って離れようとするので、グッと抱き寄せた。
「一緒に入ろうよ」
「だめ」
「えー入ろうよ」
「やだ恥ずかしい」
「えー入りたい」
チュッと軽くキスをする。
「入ろ」
千波さんは、黙って首を横に振る。
顔が真っ赤だ。可愛い。
「……わかった。我慢する」
そう言うと、ホッと息をついて、はいはいと俺を風呂へ追い立てる。
「さっぱりしてから、ゆっくりまったりしよう。ね?」
その『ね』に、俺が弱いこと、知ってるんだろうか。
洗面所兼脱衣所に置いた着替えを思いながら、凄く幸せな気分で、風呂に入った。
風呂上がりにビールを飲んで、テレビを見ながら、雰囲気がまったりしだした頃。
今日、一番聞きたいことを聞いてみることにした。
「千波さん」
「なあに?」
「この前熱がある時、俺がいて、気遣った?疲れちゃった?」
千波さんが、固まった。
図星だ。わかりやすい。
「……もしかして、恭子が何か言ったの?」
「千波さんは、熱がある時は誰かがいると休まらなくて、熱が下がらないって」
元彼の話は、言えなかった。
千波さんは、言いにくそうに話し出す。
「えっとね……確かに、熱がある時とか、調子が悪い時は、1人で寝てたい……かな」
ハハッと笑って続ける。
「あの、家ね、私が小さい頃から両親共働きで大分忙しかったから、病気しても、大抵1人で寝かされてたんだ。それに慣れちゃってるから、1人じゃないと、なんか気を張っちゃって……お母さんでも駄目で、とにかく放っといてほしいって言って、今までずっとそうしてもらってたの」
そっか、家におけるばあちゃんみたいな人はいないって、前に言ってたな。
「こっちに出てきてからは当然1人だから、とにかくいつ具合悪くなってもいいように用意だけはするようにしてるし、1人暮らしももう長いから、心配しなくても大丈夫だよ。早目に病院に行くようにもしてるから」
『心配しなくても大丈夫』
……俺は、心配もできないの、か、な……。
そう思ったら、千波さんの顔が見られなくなった。
俺がうつむいてしまうと、千波さんが焦り出した。
「あの、ごめんね、心配してくれてるのにこんなこと言って。でもさ、私、熱出すのは結構あることだから、ちゃんと言っておかないと、と思って……」
「うん……わかってる」
他意はないんだ。ただ単に、具合悪い時は1人で寝ていたい、それだけ。
俺が頼りにならない、とか、心配されるのが迷惑、とか、そういう訳じゃない。
俺は、ちょっと無理して笑顔を見せた。
「でも、キツい時はちゃんと呼んで。あと、メッセージは送ってもいい?」
「うん、もちろんだよ」
千波さんが笑ってる。そう、これが一番。
「約束して」
「約束する」
千波さんは、俺が思いもしなかった言葉を続けた。
「辛くなったら、はるちゃんに一番に連絡する」
多分、俺はぽかんとしていたんだと思う。
千波さんは、にこっと笑った。
「ね」
……だから、俺はそれに弱いんだって。
悔しくなったから、抱きついた。
「わっはるちゃん、ビールこぼれる!」
「こぼれたら俺がふく」
千波さんの肩に顔を埋める。
風呂上がりの、いい匂いがした。
「……はるちゃん?具合悪いの?」
「違うよ。なんで?」
「風邪移しちゃったかと思って」
「大丈夫だよ。俺、あんまり病気しない」
「そっか」
「じゃあ、風邪移してもらおうかな」
「え?」
首筋にキスをすると、千波さんがピクピク反応する。
「体調は?出かける元気ないって言ってたけど」
「風邪はもう治ったから移さないよ」
「体力は?」
「……ふつう……」
首筋へのキスを続けると、千波さんが甘い息を吐く。
俺はそれに興奮して、唇にキスを移した。
千波さんが、もがき出す。
「っ……はるちゃ……」
「なに?」
「ビール、こぼすってば」
千波さんの右手には、ビールの缶がある。
缶を取ってテーブルに置いて、空いた手を握って口元に持ってきた。
指にキスをすると、千波さんが息を飲んで手を引っ込めようとして引く。
俺は力を入れて、手を逃さなかった。
「逃げないでよ」
「逃げてない……」
恥ずかしそうに目をそらす。
もう可愛くて仕方ない。
ぎゅうっと抱きしめて、キスを再開する。
千波さんの体から、どんどん力が抜けていく。もうされるがままだ。
ベッドに寝かせると、とろんとした目で俺を見る。
それはエロくて可愛くて、俺は更に興奮して、覆いかぶさってキスをした。
千波さんが、俺の背中をぎゅっと抱きしめる。
その手が触れたところから熱が広がって、理性が吹っ飛んでいった。
千波さんの甘い声は、俺をどこまでも溺れさせた。