ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
東森さんは、やんちゃそうな、人懐っこそうな笑顔で、彼女さんのことを教えてくれた。
学生時代の塾講師のバイトの後輩で、2つ年下。3年前から片思いしていたのが、やっと実ったのだそうだ。
写真を見せてもらったら、ちょっと大人びた感じの綺麗な人だった。
私より7つも年下なんて見えない。いや、私が子どもっぽ過ぎるのかも、と軽くへこんだ。
はるちゃんは、一度だけ偶然会ったことがあるらしい。東森さんと彼女さんが、バイト先から一緒に帰るところに出くわしたんだそうだ。
挨拶しかしなかったから、彼女に対しては特に印象がなくて、やたらと緊張していた東森さんの記憶しかないらしい。
東森さんの話によると、彼女さんは可愛い雑貨が好きなんだそうだけど、自分には似合わないからと選ばないことが多いそうだ。
「じゃあ可愛い物が良さそうですね」
「そうなんですけど、いまいち何がいいのかよくわかんなくて」
「好きなキャラクターとかはないんですか?」
「それもよくわかんないんです。結構ランダムに可愛いって言うので……」
「んー……」
情報が少な過ぎる。
困っていたら、はるちゃんが助け船を出してくれた。
「家に行ったことないの?」
「今度、誕生日に初めて行くんだよ」
はるちゃんも困ってしまったらしい。
「なんかさ、こう、家に置いておけて、帰ったら絶対に目に入って、俺を思い出してもらえるような、なにか無いかなあ」
それを聞いて、ハッと思い付いた。
はるちゃんと目が合う。同じことを思ったらしい。
「抱き枕!」
2人の声が揃って、私達は思わず笑い出してしまった。
東森さんと谷山さんはぽかんとして、笑っている私達を見ていた。
私達が入ろうとしていた雑貨チェーン店に、ウチにある犬の抱き枕のシリーズが置いてあるので、そこに入った。
犬だけじゃなく、猫や熊、くじらとか、他の動物も抱き枕になっている。
「結構でかいね」
「存在感は抜群なんだよ」
谷山さんの感想に、はるちゃんが実感を込めて答えている。
「彼女さんの好きそうな感じですか?」
東森さんに聞いてみると、ぶんぶんと勢い良く頷いた。
「これいいです。結衣ちゃんが好きそう」
「ゆいちゃんていうんですか?」
東森さんが、結ぶに衣と書く、と教えてくれた。
「これかな」
東森さんは、猫の抱き枕を持った。
私は、ケンさんに似ているから犬で即決だったけど、猫も可愛いなと思っていた。というか、このシリーズはどれも可愛い。
「喜んでくれるといいですね」
そう言うと、東森さんは照れたように笑った。
結衣ちゃんが大好きなんだなあ、とわかる笑顔だった。
時々、はるちゃんも同じ笑顔を見せてくれる。それは、私に向けられる笑顔で、同じということは、はるちゃんも私を同じように思ってくれているということで。
他人にはこういう風に見えるのか。
恭子や久保田君に言われたことを思い出す。
それは、だだ漏れって言われるよね、と思った。
同時に、自分がそんな風に思われていると思うと、嬉しくて、こそばゆくなった。
東森さんが抱き枕を買って、店を出たら、お手洗いに行きたいと言い出した。
はるちゃんも行きたかったらしく、2人で行ってしまった。
私と谷山さんは、近くのベンチに座って待つ。
「ありがとうございました。俺じゃ全然わかんなくて、どうしようかと思ってたとこで」
「いえ、お役に立てて良かったです」
はるちゃんの友達だけど、初対面の人と2人きりはやっぱり緊張する。
なにか話さなきゃいけないかな、と思っていたら、谷山さんがにこっと笑った。
「ゴールデンウィークに会った時に、須藤が千波さんのことを話してたんですよ。好きな人がいるって」
付き合い始める直前だ。
「あの無口で無表情なヤツがデレデレになってて、俺も東森もびっくりしちゃって。今日も、最初見た時は須藤だってわかんなかったです」
「そんなに、違いますか?」
谷山さんは頷いた。
「ぜんっぜん。大学のヤツらに見せたいくらいですよ。ネタにできます」
「ネタって」
私は笑った。はるちゃんの無口で無表情は、一体いつからなんだろう。
「なんにも知らない俺達が『千波さん』って呼ぶようになったくらい、あいつが千波さんのことを話してたってことですから」
……恥ずかしい。まだ付き合う前だと思うと、更に恥ずかしくなる。
「あんな顔できるんだなあって思いました」
谷山さんはにまっと笑った。
「俺が言うのもなんですけど、あいつのこと、よろしくお願いします」
そう言って、谷山さんは笑った。
私もつられて笑う。
「はい、あの、頑張ります」
いいお友達だな、と思った。
ふと、谷山さんが私の背後に視線を向けて、渋い顔をした。
その視線を追うと、はるちゃんと東森さんの前に、2人組の女の子がいた。
谷山さんの声が後ろから聞こえる。
「一応言っときますけど、ナンパされたんですよ。こっちに来ようとしてて、声かけられてました」
東森さんが何かを話して、女の子達に手を振ってこちらに来る。
はるちゃんは、無視してるみたいだった。無表情だ。
そっか。仕事してる時とも違う。あれが、はるちゃんの無表情なんだ。
あの顔は……ちょっと怖いかも。
そして、声をかけた女の子達は、多分はるちゃん達と同い年くらいだと思う。
パステルカラーのカラフルな服を着て。髪はクルンと綺麗に巻いて。
遠目だけど、メイクもバッチリしているのがわかる。似合ってて、可愛い。
逆ナンしても成功率は高いんだろうな、と思った。
考えていたら、はるちゃんと東森さんが戻ってきた。
谷山さんが、預かっていた抱き枕を東森さんに返す。
「逆ナンされてんじゃねーよ」
「あっちが勝手に声かけてきたんだよ」
2人の会話が聞こえる。
私は、顔を上げられなかった。
あの女の子達が、こっちを見ていて、なんだか視線が怖かったからだ。
はるちゃんが、私の顔を覗き込む。
「千波さん、どうかした?」
首を横に振って、はるちゃんを見る。
心配そうに、私を見ている。いつものはるちゃんだった。
「どうもしないよ」
笑顔を作った。
でも、はるちゃんには通じなかった。眉根を寄せて、そして笑ってくれた。
「……行こうか」
優しく、手を取ってくれる。
頷いて立ち上がると、谷山さんも心配そうに私を見ていた。
これ以上心配をかけないように、笑顔を返す。
「俺達も買い物あるから、行くよ」
「おお、ありがとな。千波さんも、ありがとうございました。後で改めてお礼しますから」
東森さんの言葉に、素直に笑って返せた。
「はい、頑張ってください」
谷山さんが、一歩近付いて私にささやく。
「さっきの、忘れないでください。本当にデレッデレでしたからね」
多分、私が不安になってしまったのを気遣ってくれている。
その気遣いが嬉しくて、こちらも素直に笑うことができた。
「ありがとうございます」
はるちゃんが、じっと見ている。
「なんだよ谷山」
谷山さんはニッと笑った。
「お前には内緒」
はるちゃんはムッとして、私の肩を抱き寄せた。
「気安く近寄んな」
「はいはい」
谷山さんは笑って離れていく。
はるちゃんは、私の肩を抱いたまま2人に向かって言った。
「じゃあまたな」
私は無理矢理振り返って、2人に頭を下げた。
2人共、にこにこ笑って見送ってくれた。