ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 同じように誘われた久保田は、家族と約束があるから、と帰って行った。スマホが何回かブルブル鳴っていたから、おそらく本当なんだろう。
「週末は本田に取られてばっかりだったからな。たまには男同士もいいだろ?」
「そうですね」
 小田島さんの目は空中をさまよっている。
 多分、何をどう聞いたらいいかと思っているんだろう。
 下手なごまかしは効かないだろうから、こっちから聞くことにした。
「どこから聞こえてましたか?」
 小田島さんの目は、天井で止まった。
「……『お前が心配することじゃない』だったかな」
「じゃあほぼ聞いてますね」
「そうなのか?」
「はい」
 小田島さんは、頭を下げた。
「ごめん、聞く気はなかった」
「いえ、気にしないでください。あんなとこで話してる方が悪いんで」
 小田島さんは顔を上げたけど、眉尻は下がっている。
 その顔を見ていたら、申し訳なく思った。
「こっちこそすみません、変な話を聞かせてしまって」
「いや……こういうのは初めてじゃないし、まああることだから気にすんな。一応聞くけど、本田は何も知らないんだな?」
「知りません。多分、そんなことがあるなんて、露ほども思ってないと思います」
「そうか。まあ、本田らしいな」
「自分のことには鈍感ですから」
 小田島さんはニヤッと笑う。
「さすが、彼氏。わかってらっしゃる」
「……からかわないでくださいよ」
 あははと笑った小田島さんは、ビールを飲んだ。
 ここに来てから、やっと笑ってくれた。
 俺もホッとして、ビールを飲んだ。
「で、久保田は本気なんだな?」
「……そうみたいです」
「でも、本田には須藤がいるから引っ込もうと思ったら、最近本田が元気ないって突っかかってた、ってとこか?」
 エスパーか、この人は。
 ああ、でもそういえば、久保田が千波さんを『あり』だと言った時も、俺が前に嫉妬した時も、この人はその場にいたんだった。
「その通りです」
「全くおもしろいなあ、お前らは」
 苦笑している。
「久保田……その気になれば、女なんて選り取り見取りだろうに。なんで本田なんだよ」
 ぼそっと呟く。多分答えは期待してないだろうけど、答えた。
「顔を見ないからって、言ってました」
「顔?」
「はい。自分を好きになるのも嫌いになるのも、みんな顔を見て判断するのに、千波さんだけは顔を見ないって」
「ああ、それ言ってたな、そういえば。そうか、あれは須藤を煽ってただけじゃなくて、本心でもあったってことか」
 黙っている俺を見て、小田島さんはまたニヤッと笑った。
「……付き合ってるのにさん付けなのか?」
 あっ、と思った。
 ついいつもの呼び方で話してしまった。
「呼び捨てくらいしてんのかと思ってたのに」
 顔がほてってきた。
 小田島さんはニヤニヤしている。
「まさか本田は『須藤君』て呼んでるんじゃないだろうな」
「……違います」
「聞くのも恥ずかしいから聞かないでおいてやるよ」
 聞かれても絶対言いませんけどね。
「そんで、肝心の本田はどうかしたのか?」
「……わかりません」
「なんだそれ」
「1人で、何か考えてるみたいなんですけど、言ってくれないし、聞いてもいけない雰囲気で……」
「それで、見守るしかない、だったか?」
 俺は頷いた。
 小田島さんは、ふーんとうなった。
「何があったか、聞いてもいいか?あ、話したくなかったら別にいいんだけど」
 ちょっと迷ったけど、手短に事情を説明した。
 多分、俺は聞いて欲しかったんだと思う。
 俺も心配していたけど、どうしたらいいのかわからなかったから。
 小田島さんは、枝豆を食べながら、相槌を打って聞いていた。
 そして、俺が話し終えると、首を傾げた。
「ええっと……俺には、なんでお前がわかんないのかがわかんないんだけど」
「え?」
 なんだそれ。どういうことだ?
「それは、本田がその女の子達にやきもち妬いたってことだろ?」
「え……」

 千波さんがやきもち?あの女の子達に?

 目をパチパチさせている俺に、小田島さんが聞いた。
「その子達、いくつくらいだった?」
「え、あ、俺と同い年かちょっと下くらいだと思いますけど」
「ああ、やっぱり」
 やっぱり?なんなんだ、それ。
「多分、本田は気にしてんだな」
「何を?」
「年のこと」
「は……」
 年のこと……?
「俺が年下だってことですか?」
「まあそうだけど、視点が逆だ。本田が年上だってことだよ」
「え……?」
「そっか、須藤は須藤で気にしてんのか。だから気付かないんだな」
 小田島さんは1人で納得している。
 置いてかないでください。
「須藤はさ、自分が年下だってことで、色々気にしてることあるだろ?」
「はい……」
 ある。たくさんある。言い始めたら一晩語れるくらいある。
「同じように、本田も、自分が年上だってことを気にしてんだよ」
 千波さんが年上だっていうこと……?
 小田島さんは、ははっと短く笑った。
「お前ら、ほんと似てんのな。相手も自分のことを考えてるのを忘れてる」
 千波さんが、俺のことを考えてる……。
「須藤は、自分が年下だから、大人にならなきゃ、とか、仕事で認められないと、とか思うだろ?」
 その通りだ。
 やっぱりこの人はエスパーか。
「そんで、自分より仕事もできて、年収も上で、包容力もある大人の男が、本田に言い寄って来たら、敵わないって思うよな」
 そんなの、敵う自信なんかない。
 そう、俺はいつだって自信なんかない。
 年上じゃなくたって、久保田にだって勝つ自信なんかないんだ。
「でもさ、本田も同じだぞ?」
 小田島さんの顔を見る。
 笑ってるけど、からかってない。
「自分よりも若くて、可愛くて、スタイル良かったり、色気があったりする女が、須藤に迫ってきたら、勝てないって思ってんじゃないか?」
「そんなこと……!」

 誰も千波さんには及ばない。千波さん以外の人なんて考えられない。
 俺には、千波さんしかいない。

 小田島さんが、笑った。
「そんなことないだろ?本田もそう思ってんだよ」

 そうなのか?
 俺に自信がないように、千波さんも自信がないのか?
 俺には千波さんしか考えられないように、千波さんも俺しかいないって、思ってくれてるのか?

「本田がそう思ってなきゃ、あの久保田が引く訳ないだろ。自分には自信持ってるぞ、あいつ。仕事もできるし、和久に追いつくのなんて多分すぐだ。自分の方が本田を幸せにできるって、思っても不思議じゃない。でも、何もしないで引こうとしてる。なんでだと思う?」

 そうだ。会議室で、言われた。

「千波さんが、俺の隣で、笑ってるから……」

 小田島さんは、ニッと笑った。
「何を悩んでるのかわかんなくても、安心させることはできるだろ?お前ら似てるから、自分が安心することをやってやればいいんじゃねえの?」
 ……そうか。それなら、見守るしかできないなんてことはないのか。
「多分、本田はその女の子達にやきもち妬いて、自分の中でうまく処理できてないんだと思う。そんで考え過ぎて、自信無くしてんだろ」
「……よく、分かりますね」
 軽く嫉妬してしまうくらいだ。
 千波さんと小田島さんには、年月を経た信頼関係がある。
 俺は、まだそれには敵わない。
「小田島さん、そんなにいろいろわかるのに、どうして浮いた話がないんですか?」
 ちょっと悔しくて、茶化してしまう。
 小田島さんは、知ってか知らずか、話に乗ってくれた。
「さあなあ、なんでだろなあ。捜してないからじゃないか?」
「なんで捜さないんですか?」
「捜しても、欲しいって思う女がいない」
「眠れる肉食獣ですね」
「なんだそのちょっと上手いこと言ってる感じ」
 それからはくだらない話で、2人で盛り上がった。



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