ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
「本田さん」
下フロアの休憩室でカフェオレを買っていたら、後ろから声をかけられた。
「久保田君、久しぶり」
応援に出て以来、久保田君とは顔を合わせていなかった。
「これ、客先でいただいたので。差し入れです」
そう言って出されたのは、個包装のブラウニー。私が好きな店の物だった。
「わあ、いいの?」
「本田さん、これ好きだったと思って」
遠慮なく受け取った。
「わざわざありがとう」
お礼に、とコーヒーを買って渡した。
「そんなつもりじゃなかったんですけど」
そう言って、受け取ってくれた。
「忙しそうですね」
「うん、でも今週までだから。戻ったら、またよろしくね」
「こちらこそ」
微笑む久保田君と、お互いに、今仕事で何をやってるかをちょっとだけ話して別れた。
私は作業の途中だったし、久保田君は外から帰ってきてすぐにここに来たらしいので、ゆっくりはしていられなかった。
休憩室を出て、久保田君と別れて、フロアに戻ろうとしたら、入り口にはるちゃんが立っていた。
「お疲れ様」
声をかけたら、はるちゃんはぎこちなく笑った。
「お疲れ様です」
「どうしたの?何か用事?」
「あ……の」
何か言おうとして、飲み込んで、笑った。
「今日も、遅くなりますか?」
「うん、今週までだから、大詰めなの」
「俺も遅くなりそうなんで、帰る時に連絡ください」
「うん、わかった」
「じゃあ……」
やっぱり何か言いたそうに、でも去っていく。
なんだろう。帰りに、ちゃんと聞いてみようかな。
はるちゃんは相変わらず家まで送ってくれる。
でも応援に出てからは、私の方が格段に遅くなることが増えた。はるちゃんは待つと言ってくれたけど、待たせるのも申し訳なくて、先に帰ってもらうことも多い。
土日も残業まであったりして、はるちゃんが私の体を気遣ってくれて、週末のお泊まりもなくなっていた。
隣の席にいた時は、横を向けば顔が見られたし、ちょっとした話もできた。
近くにいなくなると、こんなに顔を見る機会が減るんだ、と淋しくなった。はるちゃんも同じことを思ってくれていたらしい。メッセージに書いてあった。
同じ気持ちで嬉しかったけど、でも、私は少しホッともしているから、罪悪感を感じてしまう。
その罪悪感から、素直にはるちゃんと話すことができない。
それはまた別の罪悪感を生んで、また……悪循環だった。
9時、やっと作業が終わった。
スマホを見ても、何もない。
はるちゃんは、まだ仕事してるのかな。
メッセージを送ってみる。
ーーー今終わった
返事は1分後。
ーーー俺ももうすぐ終わるから。少し待ってて。
やっぱり会いたくて、返事をする時間も惜しくて、急いで中フロアに向かった。
中フロアには人がいなくて、ウチのチームの場所だけ電気がついていた。
覗いてみると、はるちゃんの背中がぽつんと見えた。
タイピングの音が響いている。
そっと入って行くと、一つ、タンとキーを叩く音がして、はるちゃんがうーんと伸びをした。
「終わった?」
驚かせないように、静かに声をかける。
はるちゃんは伸びたまま振り向いて、笑った。
「うん。ごめん待たせた」
癒しの笑顔だ。私も自然に笑顔を返せた。
「待ってないよ。今来たばっかり」
「そう?」
はるちゃんは手を下ろして、パソコンをシャットダウンする。
鞄を持って立ち上がる。午前中に外出だったから、今日はスーツを着ている。
今日会うのは3回目だけど、カッコ良くて見とれてしまう。
「お待たせ」
眼鏡の奥の優しい目にも、釘付けになる。
はるちゃんは、ぼーっと見ている私の頭をなでた。
「帰ろ」
誰もいないから、私の肩を抱いてフロアを出る。
ピッピッとコントロールパネルで消灯と施錠をして。
暗い中、私に一歩近付くと、ぎゅっと抱きしめた。
息を吐いて吸って、スッと体を離す。
「行こうか」
私は頷いて、広い背中に続いた。
胸がうるさくて、手で押さえる。
「千波さん、具合悪いの?」
エレベーターの前で、はるちゃんが振り返っている。
私は首を振って、はるちゃんの横に並んだ。
「ううん、なんでもない」
私が笑うと、はるちゃんも笑ってくれた。
一緒にいると、やっぱり嬉しい。
罪悪感はあるけれど、嬉しさの方が大きい。
こんなに嬉しいのに、どうして私は素直に笑えないんだろう。