ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 駅向こうの洋食屋さんで夕飯を食べて、電車に乗った。
 はるちゃんは普通なように見えるけど、話の合間に、何かを言いたげにする。
 聞こうと思うと、別の話題になって、結局そのまま私の家まで来てしまった。
 ドアの前で、やっと意を決したように、はるちゃんは口を開いた。
「今日、休憩室で、久保田と話してたよね……?」
「うん」
「あの……何話してた……?」
 それが気になってたのかな?でもそれだけで、こんなにぎこちなくなるんだろうか。
「ブラウニーもらったの」
「ブラウニー?」
「うん。客先でもらったからって。私の好きなお店のだから、持ってきてくれたみたい。だからお礼にコーヒー買ってあげたの」
 はるちゃんの表情が固まった。
「その後、仕事の話をちょっとしたけど……それがどうかした?」
 はるちゃんは口を押さえてぶつぶつ何か言っている。全然聞き取れない。
「はるちゃん?なに?」
「いや……」
 突然抱きしめられた。ぎゅうっと、力強く。
 息ができなくて、背中をとんとんと叩く。
「あ……ごめん……」
 力は緩めてくれたけど、離してはくれない。
 ちらっと見えた表情は、暗くて怒っているみたいだった。
「千波さん、お願いがある」
 なにかと思ったら。



 私は今、はるちゃんの家のお風呂に入っている。
 はるちゃんが入浴剤を買ってくれていて、その香りで癒されている。フローラル系の甘い香り。私が使っているシャンプーの匂いに似ている。



 はるちゃんのお願いは、今日一緒にいたい、というものだった。
 自分がこのまま泊まってもいいけど、明日も会社だし、さすがにスウェットで出勤する訳にはいかない。朝に帰ってもいいけど、できたら着替えを持って家に来て欲しい、と言われたのだ。
 なんだか思い詰めている様子だったから、言われた通りにお泊まりの用意をして、一緒にはるちゃんの家に来た。
 そして、先にお風呂に入れられている。



 私の後に、はるちゃんがお風呂に向かった。
「眠かったら寝てていいよ」
 そう言って、頭をなでて行った。
 私ははるちゃんの話を聞きたいので待っていたんだけど、体があったかくなると眠くなってしまう。
 ちょっとだけ、と思って横になったら、眠ってしまったらしかった。

 ふわっと何かに包まれる感覚があって、意識が浮上する。
「ごめん、起こした?」
「ううん……」
 はるちゃんが隣にいて、毛布がかけられていた。
「はるちゃん、あったかい」
「風呂上がりだからね」
 はるちゃんの腕が私を包み込む。
「千波さんもあったかいよ」
 ぎゅうっと抱きしめられる。
「今日、無理言ってごめん」
「大丈夫だよ」
 はるちゃんは、そのまま動かない。
 このままだとまた眠ってしまうなあ、と思っていたら、小さな声が聞こえた。
「俺……また嫉妬した……」
 顔を上げたけど、はるちゃんの顔は私の頭の上にあって、見えない。
「わかってるんだよ。久保田とはなんでもないって、わかってるのに、不安になる」
 嫉妬?久保田君に?
「でもさ、こうやってると安心できるから、わがまま言った」
 はるちゃんは、一瞬ぎゅっとして、力を緩めた。
 やっと、顔が見えた。
 優しく微笑んでいる。
「わがままきいてくれて、ありがとう」
 ちゅっと、軽いキスをして、はるちゃんは嬉しそうな息を吐き出す。
「はー……落ち着いた」
 抱き直されたので、また顔が見えなくなった。
 でもきっと、さっきの優しい微笑みのままのはず。



 嫉妬してたんだ。はるちゃんも。
 そうだ。前も、久保田君に嫉妬したって言ってた。
 そして、虫除けって言って、ネックレスと指輪をくれたんだった。自分が安心するからって。
 私は戸惑ったけど、受け取って、毎日着けているじゃない。
 あの時、嬉しかった。はるちゃんの思いを感じられて。
 嫉妬したって聞いて、そんな心配いらないのにって思った。
 全然、嫌じゃなかった。

 どうして思い出さなかったんだろう。
 ダメダメじゃないか、私。

 もしかして、はるちゃんも同じ?
 もしそうなら。



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