ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜

隆春




 千波さんが、帰ってきた。隣の席に。
 それだけで、仕事はどんどん進んでいった。快調だ。
 小田島さんと西谷さんはニヤついて見るけど。
 中村さんは「機嫌良過ぎてキモい」って言うけど。
 千波さんでさえも苦笑いしてるけど。
 快調なんだからしょうがない。

 1人、久保田はいつも通り。
 今日納品の仕事をやっているせいもある。
 でも、明らかに俺と目を合わせないようにしている。
 先週の『ブラウニー』からだった。

 その久保田と、今週から新規案件を担当することになっている。
 西谷さんが、今やっている件で手一杯で、久保田が空いてしまうからだ。
 久保田が今日の納品が終わったら、打ち合わせから始める予定になっていた。

 3時過ぎ。
「須藤さん」
 振り返ると久保田がいた。
「納品終わったので、打ち合わせお願いします」
「ああ、お疲れ。4時からでいい?」
「はい。上の部屋取っておきます」
 上の部屋、とは、会議室の並びにある少人数の打ち合わせスペースのことだ。
「よろしく」
 頷いて、フロアを出て行った。
 なんだか生気が無い感じだ。

「久保田君大丈夫かな」
 横からソフトな声が聞こえる。
 そっちを向くと、千波さんがいる。
 当たり前だったはずの光景は、今では貴重な物なんだとわかった。

 千波さんの周りに花が飛んでいるように見える。

 そんな俺の頭の中には気づかずに、千波さんは久保田の心配をしている。
「次のに入る前に、久保田君をちょっと休ませてあげた方がいいかもよ。なんか、客先でトラブルあったみたいで」
「トラブル?」
 そんな話は聞いてない。
 中村さんが、千波さんの向こうから顔を出す。
「あっちの会社の社内恋愛カップルの喧嘩に巻き込まれたんだって」
 女子トイレ情報だ。久保田は何もしていなくて、ただ比べる対象にされただけなのに、相手の男が騒ぎ出して、なんだか大事になってしまったんだそう。
 西谷さんに真偽を聞くべく視線を送ると、うんうんと頷いた。
「それ本当。ただ、相手の人達は普段からかなりな迷惑カップルだったから、久保田君は同情されてたよ。おかげで仕事はスムーズに終わったけどね」
「久保田はなんて……?」
「特に何も。終始苦笑い。似たようなことは、今までもあったみたいで、気にしませんって言ってたよ」
 災難だな、と思った。
「わかりました。本人と話してみます」
 千波さんが苦笑しながら言う。
「朝からため息多かったから。気遣ってあげてね」
 ため息?全然気付かなかった。
「気を付けます」
 千波さんは、相変わらず周りに気を遣う。
 久保田にも同じように。当たり前だ、千波さんは何も知らない。

 千波さんの意識が久保田に向いていることに、軽く嫉妬する。でも軽く、だ。
 以前なら、軽くじゃ済まなかった。もやもやして、一晩のたうちまわっても、嫉妬心は消えなかった。



 『ブラウニー』の件があった日。
 下の階の休憩室で話している、千波さんと久保田を見てしまった。
 千波さんは笑顔で。
 久保田も笑顔だった。他の女性に向ける貼り付けたのとは全然違う笑顔。愛おしそうに千波さんを見ていた。
 千波さんは、久保田の気持ちには気付いていない。露ほども。
 知っているのに、ドロっとした感情は湧き上がる。
 もちろん千波さんのことは信じている。
 でも不安になる。

 この不安は早く解消しないと、後々まで引きずってろくなことにならない。
 だから、千波さんに家に来てもらって、正直に話した。
 千波さんを抱きしめていると、不安が段々薄くなっていく。
 そうしたら、千波さんも同じように嫉妬していたと話してくれた。

 やっと、言ってくれた。

 嬉しくて、千波さんは可愛くて、話を聞いている間もキスしたくて抱きたくて、でも必死に押さえ込んでいた。
 頑張って我慢してたのに、仕事してる時が一番カッコいいなんて言われて、理性はどこかへ吹っ飛んでいった。

 眠る千波さんを抱きしめて、思った。
 一つだけ、自信を持てることがある。
 俺は、千波さんを好きなことなら、誰にも負けない。
 誰が千波さんを好きだろうと、それだけは譲らない。
 だから、それでいいと思えた。
 すうっと、楽になった。
 今まで気にしていたいろんなことが、消化された感じだった。
 全く気にならないと言ったら嘘になる。
 でも、以前のようにドロっとした感情が沸騰したりはしない。



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