ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


「本田さん、元気になったんですね」
 打ち合わせの後、部屋を片付けていたら、久保田が言った。
「……おかげさまで」
 打ち合わせ中も覇気がなかったし、今もなんだか影が薄い。大丈夫か、こいつ。
「そっちは、なんか、大変だったんだって?」
 俺がそう言うと、久保田は口の端だけで笑った。
「いえ、特に。あんなの初めてじゃありませんから」
 口調は余裕だけど、何しろ生気がない。
 さすがに心配になってくる。
「まだ納期には余裕あるし、ちょっと休んでもいいけど。疲れてるみたいだし」
 そう言うと、俺の顔を見てぽかんとする。
「……なんだよ」
 フッと笑った。今日、初めての人間らしい表情。
 女性達が騒ぐのもわかる。男の俺でもドキッとした。
「いえ、何でも。じゃあお言葉に甘えて、明日有休取ります」
「……ゆっくり休んで」
「ありがとうございます」
 揃えた資料を盾にして顔を隠している。
 そのまま動かない。
 本当に、大丈夫だろうか。
 もしかして、と思って、声をかける。
「俺戻るけど。確かこの部屋、この後空いてるはずだから、その資料もう一回見直して」
 1人になりたいなら、そのままいられる。

 久保田は、その人気ゆえか、いつも誰かが側にいる。
 俺なら疲れてしまうだろうな、と思っていた。

「……はい」
 小さく返事をして、動かない。

 当たってたかな。ならさっさと出よう。
 自分の荷物を持って立ち上がると、小さな声が聞こえた。
「須藤さんは、優しいですね」
 久保田は身動きしていない。
「……なんだよ、気持ち悪い」
 そう返すと、顔を伏せたままふふっと笑った。
「そうですね。自分でもそう思います」
 そして、ゆっくり息をついた。
 俺は、そのまま部屋を出た。
 そっとしておくのが、一番良さそうだと思った。

 30分ほどたった頃、定時になる直前に、久保田は戻ってきた。
 顔色は少し良くなったみたいだった。
 小田島さんに明日の有休を申請して、受理されていた。
「なんか大変だったみたいだし、ゆっくり休めよ」
 小田島さんにそう言われた久保田は、ははっと笑った。
「そうですね。失恋旅行でもしてきます」
 小田島さんの笑顔が固まった。
 周りも、えっ?と様子を窺っている。千波さんもだ。
「し、つれんて……」
「はい。ちょっと長く引きずりました」
「え……」
 事情を知ってるのは、俺と小田島さんだけだ。
 俺も驚いてるけど、小田島さんは驚きを通り越して絶句してる。
「前からわかってましたけど、思い知らされたんです。僕じゃないんだなって」
「……そうか」
 小田島さんの顔から固まった笑みが消えた。
 そして、もう一度笑顔に戻る。
「ま、なんにせよ、ゆっくり休め。次の仕事が待ってるからな」
「はい」
 そして、固まった空気の中、するっと帰って行った。
 周りが騒ついた。
 久保田が失恋した相手は誰なのか。
 その相手も、?マークを顔に浮かべて中村さんと話している。
 自分のことだとは、本当に思わないらしい。
 それでいいんだ。

「須藤は何か聞いてないの?」
 千波さんの向こうから、中村さんが聞いてくる。
 俺は首を振った。
「何も。俺より中村さんの方が仲いいんじゃないの?腹黒友達でしょ?」
「須藤うるさい。生意気」
 中村さんは膨れて帰って行った。
 苦笑しながらこっちを向いた千波さんも、帰り支度ができている。
 俺も立ち上がって、一緒にフロアを出た。

 帰り道、千波さんがため息をつきながら言う。
「久保田君も振られたりするんだねえ……」
 そうですね。あなたにですけどね。
「久保田君に告白されたら、誰でもOKしそうなのにね」
 いや、そこで同意を求められても……って!
「だ、誰でも?」
「うん。だってあんな綺麗な顔で『好きだ』とか言われたらころっといっちゃわない?」
「……千波さんも?」
「えっ、私?私は有り得ないじゃない」
 あはは、と笑い飛ばしている。
 ほんと……自分のことには鈍感だ。
「私には、はるちゃんがいるし」
 ああああ、そんな可愛いこと言われたら!
 まだ電車にも乗ってないのに!
「……キスしたい」
 思わず言うと、千波さんの顔が赤くなる。
 ますます可愛い。
 駄目だ、我慢しろ。須藤君は紳士だ。
 なんとなく2人共黙ってしまって。

 そのまま、千波さんの家に着いた。
 もちろん、電車を降りてからは、手をつないだ。
 家に着いたら、やっぱり我慢できなくて、抱き寄せてキスをする。
 背中をギュッとする千波さんが可愛くて、つい力が入ってしまった。
 トントンと背中を叩かれて、ハッと気付く。
「あ、ご、ごめん」
「……私、絶対いつかつぶされる……」
「つぶさないよ。大事にするから」
 千波さんの顔が、また赤くなった。
「あ、あの、ほんとに、大事にするよ……」
 俺までつられて赤くなってる。顔が熱い。
「……ありがと」
 ぽそっと言う千波さんが可愛過ぎて、俺はもう一度キスをした。



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