ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
土曜日は、浩紀とさやかの結婚式だ。
俺は半休を取って、金曜日から実家に戻る。
昼休みに、千波さんが駅まで送ってくれた。
「いってらっしゃい」
笑顔で言ってくれた。
ああ、俺だけの「いってらっしゃい」だ。
しかも笑顔付き。
最高だ。
「いってきます」
俺も笑顔で返した。
キスしたかったけど、さすがに我慢した。
改札前で、小さく手を振ってくれた千波さんは、可愛かった。
その日の夜、千波さんと電話をした。
家族はまだ晩酌の途中。そうっと抜け出して、自分の部屋で話す。
『明日は受付するんでしょ?頑張ってね』
「うん」
『スピーチはしないの?』
「受付かスピーチかどっちかって言われたら、受付だよね」
『そう?普段言えない思いの丈をスピーチにぶつければ良かったのに』
自分で言って、ケラケラ笑っている。楽しそうだな。
「千波さん、飲んでるの?」
『うん、一人飲み。今ちょうど気持ち良くなってきたところ〜』
「みたいだね」
『あ、めんどくさいなって思ってるでしょ〜』
「いや、可愛いなって思ってるよ」
千波さんが黙った。多分顔が赤くなってる。
見えるようだ。あー可愛い。なでたい。
『あ……明日、写真撮って送ってね』
「うん、わかった」
『はるちゃんの写真だよ』
「へ?」
『はるちゃんのカッコいい写真、ほしい』
今度は、俺が赤くなる番だ。恥ずかしい。
「わ……わかった……」
電話の向こうで、千波さんがふふっと笑った。
その時、ガチャッとドアが開いた。
開いたドアの向こうには、弟の隆明がいた。
「ごめん、ちょっと待って」
千波さんにそう言って、スマホを口から離す。
「なに?」
隆明は、ぽかんと俺を見ている。
「おい、隆明」
「……兄ちゃんが……」
隆明の顔が、にまあっと笑った。
「邪魔してごめん!」
そしてドアを閉めたつもりで閉まってないのに気付かずに、家中に響くでかい声を張り上げた。
「兄ちゃんが彼女と電話してるー!すっげーニヤついた顔!」
バタバタと、居間に向かって行った。
電話の向こうからは、くっくっくと笑い声が聞こえている。
「あー……ごめん、うるさくて」
『うん、弟さん元気だね』
「酔っ払ってるから」
『飲んでるの?家族で?はるちゃん行かなくていいの?』
「もうみんな酔っ払ってるから。あんまり遅い時間になると、千波さんも眠くなっちゃうと思って」
『でも、家族が揃うの久しぶりでしょ?早く行きなよ。私とはいつでも話せるんだし』
いつでも。
ドキッとした。
いつでも話せるって、思ってくれてるんだ。
いつでも話していいんだ。
今更ながら、千波さんと付き合えているんだと実感した。
名残惜しかったけど、電話を終わらせて居間に戻った。
みんな、にんまりして俺を見る。
なんだよ、さっきまで普通にご飯食べてたくせに。
「たかはる〜今度連れて来なさいよ、千波さん」
ハートマークが付きそうな感じで母さんが言う。
「え、なんで名前……」
夏に帰省した時に、彼女ができたという話はしたけど、帰り際にサラッと言ったので、あまり詳しい話はしていない。もちろん名前なんて言ってない。
「千波さんは、お酒飲めるのか?」
いやいや、父さんまで名前呼んでますけど。
「飲めるけど、だからなんで名前……」
「兄ちゃん、千波さんて犬好きなんでしょ?」
「お前なんでそんなこと知ってんだよ」
「え、母さんだよ」
見ると、母さんがふふんと笑う。
「ママ友ネットワークは健在よ」
「あいつらか……」
浩紀とさやかと俺は、母親同士も仲が良い。お互いに情報が筒抜けになるのは、よくあることだって忘れてた。
「あのネクタイいいわよねえ。千波さんが選んでくれたんでしょ?」
「お酒は何が好きなんだ?」
「実家で犬飼ってんだよね」
みんな酔っ払ってて、収拾がつかない。
でも、歓迎ムードだ。それは嬉しいかも。
本当に、千波さんを連れて来たくなった。
千波さんも、来てくれるといいな、と思った。