ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


「で、ミスを防ぐためにチェックしまくって、残業か」
 小田島さんが、苦笑している。
「……すみません……」
 同じミスを繰り返さないために、チェックしながら進めていたら、時間をかけ過ぎてしまった。
 違う作業をしていた小田島さんも残業で、ちょうど同じタイミングで終わったので、駅前の居酒屋で夕飯がてら一杯やろうということになった。
「まあ、仕方ない。慣れてくればチェックのポイントもわかるだろ」

 小田島さんは、あまり細かい教え方はしてくれない。
 聞けば教えてくれるけど、考えてみろと突き放されることもある。
 西谷さんによると、小田島さんは人によって教え方を大分変えているそうだ。
 俺のことは、かなりな放任主義らしい。
 教えなくても勝手に覚えていくだろ、と言っていたと、西谷さんが教えてくれた。
 優秀だってことだよ、と西谷さんには言われたけど、自分がそうだという自信はない。一所懸命にやってるだけだ。

「とりあえず飲もーぜー」
「はあ……」
「もう少ししたら本田達が……って、もう来た」
 小田島さんが、俺の背中に向かって手を振る。
 振り向くと、本田さんと中村さんが入ってきたところだった。
「おーお疲れ」
「お疲れ様です。意外と早く終わりました」
 本田さんが、小田島さんの隣に座りながら、店員さんを呼び止める。
「美里ちゃんもビールでいい?」
「はい……」
 まだ落ち込んでるらしい中村さんは暗い。
 本田さんが苦笑している。
「もう過ぎたことは忘れて、次に行こうよ。美里ちゃん宿題もちゃんとできたし、そんなに気にしなくていいんだよ?」
「宿題ってなに?」
 小田島さんが聞く。
 本田さんが説明している間に、追加のビールが来た。
「とりあえず乾杯だ」
 4人でジョッキを合わせる。
「中村も須藤も、もういいぞ?明日休みだし、飲んで忘れろ」
「そうだよ、あんまりそればっかり気にしてると他のミスしちゃうんだから」
「経験者は語る、だな」
 小田島さんがニヤッと本田さんを見る。
 本田さんはちょっとむくれた。
「はいはい、その通りです」
「俺だってやってるよ。みんな通る道だからな。ほら飲め」
 勧められるがままビールを飲む。
 隣で、中村さんもビールをグイッと飲んだ。
「よしよし、いい飲みっぷり」
 満足そうに言って、小田島さんも飲む。
 中村さんは、2回でジョッキを空にして、おかわりを頼む。
「あーおいしい!」
 ちょっとヤケになっているらしい。
 本田さんが心配そうに見ている。
 小田島さんは素知らぬ顔でポテトサラダを口に入れた。
「2人共、金曜日なのにデートとか合コンとか、予定ないのか?」
「小田島さん、それセクハラ」
 本田さんが苦笑している。
「あ、そっか。えーと、答えたくなかったら答えなくていいぞ」
「私、フリーだし、合コンもあんまり好きじゃないです」
 中村さんが言う。
「なんか、うちのチームに来るヤツってみんなそう言うな」
「え?」
「まあ俺もそうだけど。本田もそうだろ?」
 本田さんが苦笑する。
「西谷君も、そう言ってましたね」
「類友かな。ここにもいるぞ」
 小田島さんが俺を指差す。
 中村さんが、目を丸くしてこっちを向いた。
「……フリーだし、合コン好きじゃない」
「えっ、須藤君フリーなの?彼女いるんだと思ってた」
「いないよ」
「だっていろんなお誘い断ってばっかじゃん」
「……小田島さんと同じこと言ってる」
 小田島さんはゲラゲラ笑い出した。
「みんなそう思ってるんだって。なあ」
 隣の本田さんに向けて言う。
「そうですねえ。それか、好きな人がいるんだよ、って噂になってます」
 噂って。そんなことになってるのか。
「私、よく聞かれるし」
 本田さんはそう言って、ビールを飲んだ。
「何をですか?」
「須藤君は彼女いるんですか?って」
「え、なんで本田さんに……」
「隣の席だから、なにか知りませんかって。知らないって言ってるよ。実際、今の今までフリーだって知らなかったし」
「はあ……」
 なんとなくもやもやする。
 なんで本田さんにそんなことを聞くんだ。
「なんか、ご迷惑おかけしてすみません」
 そう言うと、本田さんはあははと笑った。
「須藤君が謝ることじゃないよ。大丈夫、須藤君が隣の席になった時から覚悟してたし」
「覚悟……?」
「うん。背高のっぽの、カッコいい新人が隣の席に来たら質問攻めに合うなあって」
 なんでもないことのように、本田さんは言う。
 自分に置き換えたら、相当面倒なことだと思ってしまう。
「すみません、カッコ良くもないのにご迷惑を……」
 本田さんは、またあははと笑った。
「だから、須藤君が謝ることじゃないって。気にしないで。知らなーいって言ってれば済む話だから」
「でも面倒じゃないですか」
 俺がそう言うと、本田さんは首を振る。
「全然。そんなの、須藤君がいてくれることに比べたらなんでもないよ」
 ドキッとした。
 いや、深い意味はないはずだ。
「美里ちゃんもだけど、今年の新人は期待できそうだねってみんな言ってるから。めげないで頑張ってね」
 ほら。働く新人がいてくれて良かったっていう意味。
 本田さんは、いつもの通り、微笑んでいる。
 また、なんとなくもやもやする。
 ごまかしたくて、ビールを飲んだ。



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