ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
「すどう〜ちなみせんぱいをおそうんじゃないぞ〜!」
「わかった。中村さんうるさい」
「ほら、帰るぞ酔っ払い」
「おだじまさんはしんぱいじゃないんですかあ?ちなみせんぱあい、できたらわたしがおもちかえりしたいくらいですう〜」
「はいはい、今度美里ちゃんに持ち帰ってもらうからね」
「わあん、ちなみせんぱ〜い」
本田さんに抱き付く中村さんを、小田島さんがひっぺがして連れて行く。
「小田島さん、お願いしますね」
「おーおつかれー。中村、暴れたら捨ててくぞ」
「そしたらちなみせんぱいがひろってくれます〜」
飲み過ぎた中村さんを連れて、小田島さんは帰って行った。
中村さんの声が遠ざかっていく。
同じ方向だって言ってたけど、中村さんは反対方面だ。小田島さんは俺や本田さんと同じじゃないのか?
「ああ、小田島さん実家がこっちなの。歓迎会の日は、実家に呼び出されてたんだって」
同じ電車に乗ってから、本田さんが教えてくれた。
「須藤君も同じ方向だったんだね、知らなかった。しかも2駅しか離れてないって、近かったんだね」
「僕は時々見かけてました。遠くだったから、声はかけられなかったんですけど」
「そうなの?じゃあ次は声かけてね」
本田さんはいい感じに飲んだらしく、ご機嫌だ。
「しかし須藤君は背高いね。何センチあるの?」
「最後に計った時は181でした」
「お〜。それでその顔なら女の子達も騒ぐわけだ」
「顔って」
反応に困ってしまう。
本田さんは、笑顔で俺を見上げる。
「真面目そうで、優しそうな顔ね。で、眼鏡がいい感じに知性を足してて、真剣に仕事してるところを見たら、惚れちゃうよね〜」
ドクン、と心臓が鳴った。
違う。本田さんが、っていうことじゃない。
他の人のことを言ってるんだ。
本田さんは、俺の胸の内なんか知らずに、ご機嫌で続ける。
「それにさ、須藤君は、人としてちゃんとしてるし。目を付ける人は、なかなか見る目があると思うけどなあ」
「人としてちゃんと、なんて、してませんよ」
「してるよ。今日、小田島さんに注意されてる時、すみません、だけじゃなくて、ありがとう、って言ってた」
確かに言った。記憶はある。
「謝るのは誰でもするけどさ、注意されたことにお礼を言える人って、なかなかいないよ?」
足を止めて、目を丸くしていた本田さんを思い出した。
そういうことだったのか。
「それは……祖母が、そう言ってたんです」
「おばあさん?」
「はい。注意されたら、きちんとその言葉を聞きなさいって。お前のためを思って言ってくれてるんだから、感謝の気持ちを忘れたらいけないって」
そう。ばあちゃんは、小さい頃からずっと俺にそう言い聞かせてきた。
人は1人では生きられない。
自分を生かしてくれている、周りの全ての人に感謝するように、と。
「……いいね」
「えっ?」
俺は、ばあちゃんを思い出して、少しぼうっとしていたようだった。
「素敵なおばあさんだね」
本田さんが、俺をまっすぐに見て微笑む。
また、俺の胸が騒ぐ。
「大切にしないとね。地元にいるの?」
「いえ、もう亡くなってます」
「あ、そうなんだ。ごめんなさい」
自分のことのように、本田さんはしゅんとする。
「もう3年前だし、90も越えてたんで、気にしないでください」
「おいくつだったの?」
「92歳でした。大往生です」
「そっか。……でも、淋しいね」
「そうですね……」
両親は仕事で忙しく、俺と弟はばあちゃんに育てられたようなものだった。
大学から実家を出て、離れて暮らしていたけど、ばあちゃんはいつも俺と弟のことを気にかけてくれていた。
ばあちゃんがいない、と思うと、どこかにぽっかりと穴が開いた気がする。今でも。
「周りは大往生だからって、悲しむとかそういう雰囲気じゃなくて。でも、俺と弟はずっとばあちゃんに面倒みてもらってたから、やっぱり悲しかったです」
「そっか……」
本田さんは、静かに言った。
「いつまでもいる、って思っちゃうよね。祖父母も、両親も。そんなはずないのにね」
「そうですね……」
親孝行しないとなあ、と本田さんは呟く。
ご機嫌だったのに、しんみりとさせてしまった。
「なんか、すいません。でもさっき、祖母のことを褒めてくれて、嬉しかったです」
そう言うと、本田さんが笑った。
「ばあちゃん、でいいよ」
「え?」
「さっき、ばあちゃんに面倒みてもらったって言ってた」
「あ……」
そうだった。思わず言ってしまっていた。
「私には気を遣わなくていいよ。その分お客様に気を遣って。そろそろ、小田島さんと一緒に外周り行くはずだからね」
笑顔でそう言う本田さんの気遣いが、ありがたかった。
「はい」
素直に返事をしたら、本田さんが満足そうに頷く。
「よろしい。あっ、私降りるんだ」
電車は速度を落として、駅のホームに入った。
「じゃあまたね」
ささっと電車を降りる本田さんを、思わず追いかけてしまった。
「えっ?」
本田さんが驚いている。
俺も驚いていた。
プシューと、背後でドアの閉まる音が聞こえた。
「須藤君、なにしてるの?なんで降りたの?」
「あ、えーと……」
なんで、と聞かれても、自分でもわからなかった。
「お、送りますよ。遅くなったし」
一番もっともらしい理由を言う。
「いいよ、駅から近いし」
「でも、降りちゃいましたから」
まだ驚いた顔をしている本田さんの先を歩く。
「行きますよ」
「あ、はい……」
振り向くと、本田さんがうつむき加減で追いかけてきた。
なんで。
多分、もう少し、話していたかった。
本田さんが、ばあちゃんを褒めてくれたのが嬉しくて。
本田さんの声が、心地良くて。
もう少し、聞いていたかった。