ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
「本田と須藤、今いい?」
リーダーの磯貝さんに声をかけられた。
磯貝さんは、俺と本田さんの間に立つ。
「今日、残業お願いできる?予定ある?」
なんだか凄く申し訳なさそうに聞いてくる。
「いいですよ」
「僕も大丈夫です」
「ごめん、俺やるつもりだったんだけど、下の子が熱出して、奥さんそっちで手一杯だから、上の面倒みなきゃいけなくて」
あと10分で定時という時間だった。
「本当にごめん、概要はメールしとく。後でお礼するから」
いろいろ指示を受けていたら、10分なんてあっという間だ。
「磯貝さん、もう大丈夫ですから早く帰ってください。なにかあったらすぐ電話しますから」
本田さんに背中を押されて、磯貝さんは慌ただしく帰っていった。
今日は、小田島さんと西谷さんはそれぞれ午後から外周りに出かけて直帰、中村さんは家の都合で有休を取っている。
磯貝さんが帰ると、ウチのチームは俺と本田さんだけになった。
「これ、磯貝さんがやる仕事じゃないなあ」
本田さんが呟く。
「また悪い癖出たかな」
ぶつぶつ言いながら、メールを見ている。
磯貝さんは、本田さんと俺に、今日やるはずだった仕事を振り分けていった。
俺も、メールを見て思った。リーダーじゃなくて、俺達がやるべき仕事だ。
「悪い癖ってなんですか?」
聞くと、本田さんはモニターを見たまま苦笑する。
「抱え込み。磯貝さんて、昔から仕事を抱え込んじゃう人で、放っておくとずーっと残業してるの。抱え込んでもできちゃう人だから、あんまり問題になってないんだけど、リーダーは仕事振るのが仕事じゃない?ほら、これだってリーダーがやるべき仕事じゃないもの」
本田さんは話しながら仕事に取りかかる。早い。
「須藤君達が来る前に、一度話し合ったんだけどね。下が育たなくなるからやめましょうって。もう一回言わないと駄目かなあ」
「そんなこと、あったんですね」
「最初は信用されてないのかと思ったんだけど、そうじゃなくてね。性格なんだよね」
本田さんはそう言って、集中モードに入った。
その横顔は真剣で、凄く綺麗だ。
見とれてしまいそうになるのを必死で堪え、自分の割当分を始める。
本田さんに、仕事での成長を見てもらうチャンスだ。
俺も、いつのまにか集中していた。
ちょっと喉が乾いた。30分ほど経っていた。
隣を見ると、本田さんは変わらず集中モードに入っている。
邪魔をしないように、そっと立ち上がる。
休憩スペースで、飲み物を買う。
自分のコーヒーと、本田さんのカフェオレ。
本田さんがここで買う物はほぼこれだ。
余計なことかも、と思いつつ。でも確か、マイボトルの中身はさっき空っぽになったはずだから。
席に戻ると、本田さんはまだ集中していた。
そっと、カフェオレをマイボトルの横に置く。
さすがに気が付いて、俺を見た。
「買ってきてくれたの?ありがとう」
そう言って、笑う。
その笑顔が見たかった。
お金を出そうとするのを断って、座ってコーヒーを飲む。
本田さんも、カフェオレを開けて一口飲んだ。
「はーしみるわー」
ふにゃらっとした表情。可愛い。ぽわ〜んとほのぼのオーラが飛んでくる。
集中してた時とは全然違う。そのギャップにやられてしまう。
「よし、がんばろっと。そっちはどう?」
進捗状況を見せると、うんと頷いた。
「これならあと1時間で終わるね。よし、終わったら飲みに行こっか」
「えっ?」
この状況で?じゃあ、2人で⁈
「これのお礼」
本田さんは、カフェオレを指差す。
「前に傘に入れてもらったお礼のランチもしてないし。どう?」
笑顔で聞かれたら、即答だ。
「行きます」
「じゃあ頑張って早く行こう」
「はい」
俺は、猛スピードで作業した。