ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


「かんぱーい、おつかれー」
「お疲れ様です」
 ジョッキを軽く合わせて、ビールを飲む。
「はービールおいしー」
 本田さんは満足気に言って、メニューを見る。
 前に、小田島さんと中村さんと4人で来た居酒屋だ。ここは全席が半個室で、落ち着いて話ができる。
 店員さんを呼び、何品か食べ物を頼む。
「あっ、あとだし巻き!」
「はい、かしこまりましたー!」
 店員さんは元気に去って行った。
「好きなんですか?だし巻き卵」
 前に来た時も食べてたはずだ。
「うん、大好き」
「だし巻き卵って、焼くの難しいですよね」
「え、須藤君、作るの?」
「はい。料理はまあまあ好きなので」
「へえそうなんだ」
「高校くらいから、夕飯は自分で作ってましたから」
「自分で?」
「はい、両親が帰り遅かったんで。中学まではばあちゃんが作ってくれてたんですけど、入院したりするようになったから。弟の分もあったし」
 本田さんは、黙って聞いてくれている。
「逆に、俺がばあちゃんにご飯作ったりして、おいしいって食べてもらうと嬉しくて。それで、ばあちゃんが好きな物を、食べやすいようにって工夫してるうちに、結構できるようになりました」
「いいね、おばあちゃんも嬉しかっただろうね」
 本田さんは、にこっと笑った。
 俺も、つられて笑った。
「何が得意?」
「え?」
「料理。得意な料理は?」
「ああ、えーと、グラタンです」
 本田さんが、目を丸くする。
「グラタン?ソースから作るとか?」
「そうです」
「え、凄いね」
「いや、慣れればすぐできますよ」
「もしかして、おばあちゃんが好きだったの?」
「そうです。グラタンだと具合悪くてもちょっとは食べてくれたんで、野菜も柔らかくしてたくさん入れて、牛乳とチーズも入ってるからカルシウムも摂れるし、病院での栄養指導でも褒められて、って……」
 にこにこ聞いていてくれた本田さんは、ん?という顔をした。
「すいません、俺ばっかりしゃべって、しかもばあちゃんの話で……」
 本田さんはきょとんとしている。
「つまんないですよね……」
「え、そんなことないけど?」
 なに言ってるの?という顔で、俺を見る。
「おばあちゃんの話、楽しいよ?」
「そ、そうですか……?」
「うん。須藤君、普段無口だからしゃべってるだけで楽しいし」
 本田さんは、またにこっと笑った。
「それに、おばあちゃんの話をしてる須藤君は、幸せそうだし」
 そんな風に言われると、舞い上がってしまう。
「クールなんて印象、どっか行っちゃうよね」
 ふふっと笑う。
 本田さんの笑顔は可愛いけど、時々こういう大人な笑い方をする。
 俺はドキドキしながらビールを飲んだ。
「クールなんかじゃないですよ」
「そうだね。私は最初だけだったな、そう思ったの」
 それは、俺が割と早くから、本田さんには気を許していたからだ。
 好きだと思う前から、この人は安心できると思っていたから。
「他の課の人達が噂してるのを聞いてるとさ、私が思ってるのと全然違うから、時々凄くおかしくなるよ。違う人の話聞いてるみたいで」
「噂って……そんなに違いますか?」
「うん。無口でクールで、話しかけて返事してもらうだけで『キャー!』みたいな感じ」
 なんだそれ……。
 俺は頭を抱えた。
「返事するのって、当たり前のことじゃないんですか……?」
「そうだけど。まあ、あんまり深く考えないで。騒ぎたいだけみたいなとこあるし」
「はあ……」
「あと、須藤君は気も遣えるし、優しいから」
 そう言ってくれる本田さんの目の方が優しい。
「きっと、おばあちゃんのおかげだよね」
「ばあちゃんの?」
「うん。おばあちゃんを大切に思えてるから、他の人にも優しくできるっていうか……うーん、あんまりうまく言えないな」
 本田さんは、運ばれてきていただし巻きを一口食べる。
「大切な人が1人いると、それだけで幸せでしょ?だから、周りの人にも優しくなれるんじゃないかなって」
 ごまかすように、照れながら笑う。
「やっぱりあんまりうまく言えない」
 それも、可愛かった。
「わかります」
「そう?なら良かった」
 だし巻きおいしいよ、と皿を回してくれる。
 俺は、勇気を出して、聞いてみた。
「あの、本田さんには、そういう人はいないんですか……?」
「そういう人って?」
「その……大切に思ってる人……です」
 本田さんは、考えながらサラダを取り分ける。
「んー、うち祖父母は4人共、私が小さい時に亡くなったから、そういう人はいないなあ。家族は大切だけど、須藤君のおばあちゃんみたいな人はいないかな」
 ……聞き方を間違えた。
 そういう『大切』なつもりじゃなかったんだけど。
 この流れで聞けば、そうなるか。
 俺は、なけなしの勇気をふり絞って、もう一度挑戦してみた。
「じゃあ……その……か、彼氏、とか、は……」
 ふり絞りすぎて片言のようになってしまった。
 本田さんは、一瞬きょとんとして、それから笑い出した。
「あはは、いないよ〜いたらこんなに仕事ばっかりしてないし」
「……確かに」
 俺は苦笑して答える。
 確かに本田さんは忙しい。デートする時間なんてあるんだろうかってくらい。
「須藤君は?彼女できたの?」
「できてません」
 ここだけは、きっぱり即答した。
「えーモテるのに、もったいない」
「モテませんよ」
 これも即答だ。変な誤解はされたくない。
「じゃあ、好きな人は?」
「え……」
「いないの?」
 本田さんの態度は普通だ。話の流れで無邪気に聞いてきてるだけだ。同じことを中村さんに聞くのと大差ない。
 わかってはいるけど、少しも恋愛対象に入っていないことを思い知らされて、落ち込む。
「……いません」
 いると答えたら、きっとまた変な誤解をされるだろうと思った。
 自分のことだなんて、露ほども思わないんだろうな。
「そっかー、お互い淋しいねー」
 ……お互い?
「お互いって……」
「私も好きな人いないの」
 頭の中で、ファンファーレが聞こえた。
「このままじゃ干物になっちゃうんだからって恭子に、あ、経理の筒井恭子ね。恭子に脅されてるんだけど、仕方ないよね、いないんだから」
 そうそう、仕方ない。大丈夫、干物になる前に俺が頑張りますから。って、なに考えてんだ。

 じゃあ淋しい者同士、付き合っちゃいましょう、とか、軽く言えたらどんなにいいか。
 でも、きっと今言っても、本田さんは笑い飛ばして冗談にしてしまうんだろうな、とも思った。

 なにはともあれ、今日は大収穫だ。
 本田さんには彼氏はいない。
 好きな人もいない。完全フリー。

 俺は、頑張ってもいいんだ。
 恋愛対象に入れてもらえるように、振り向いてもらえるように、頑張っていいんだ。

 そう思ったら、やたらと饒舌になってしまい、自分でも珍しいと思うほどよくしゃべった。
 本田さんは、にこにこ聞いてくれていた。


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