ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
当然のように送ろうと、電車を降りるつもりでいたら、本田さんが言い出した。
「あのね、今日は買い物してくから、送らなくて大丈夫だよ」
「買い物、ですか?」
「うん、スーパーに」
スーパーなら食料品か。
「いつもありがとね」
そう言って本田さんは笑った。
その笑顔を見ていたら、体が勝手に電車を降りていた。
「あ、あれ……?」
「須藤君?降りたの?今日は大丈夫だって……」
本田さんが、目を見開いて俺を見る。
自分でもよくわからなかったけど、本田さんともう少し一緒にいたいことはわかった。
「……付き合います、買い物」
迷惑がられそうなら、そのまま帰ろうと思いながら言ってみる。
「え、でも、大した物買う訳じゃないし、さすがに悪いよ」
ちょっと焦っている。それも可愛い。
「大丈夫です。行きましょう」
こう言って歩き出すと、本田さんは追いかけて来てくれる。いつものパターンだった。
「重たい物、買っていいですよ」
「え?」
「持ちますから」
ぽかんとした本田さんも、また可愛い。
「あ、ありがと……」
改札を抜けて、いつもとは反対方向に促される。
駅を出て、すぐのところにスーパーはあった。
買い物カゴを持って、本田さんの後を歩く。
本田さんは、物を選びながらカゴに入れていく。
一緒に住んだりしたら、こんな感じなのかな、とつい妄想してしまう。
「須藤君は、自炊するんだよね。帰ってから夕飯作るの?」
「作る時もありますけど、最近残業が多いんで、レトルトとか惣菜になりますね」
「そうなるよね。あんまり遅くなると、作るのもしんどいし」
「ご飯だけは、冷凍にしてます」
「あ、私も。ご飯さえあればなんとかなる時あるもんね」
「そうですね。最終的にはごま塩です」
「私は卵かけご飯かな〜」
話しながら、牛乳売り場に来た。
「牛乳買っていい?重くない?」
「大丈夫です」
「頼もし〜」
本田さんが牛乳をカゴに入れた。
「ありがとね」
そして微笑みをくれる。
なんて幸せなんだ、俺は。
この微笑みが俺だけに向けられたら、もっと幸せなんだろうか。これ以上?……想像できない。
本田さんのエコバッグに買った物を入れた後、当然のように俺が持つと、本田さんはまた笑ってお礼を言ってくれた。
「なんか、須藤君から後光が差してるみたい」
「普通ですよ」
「いや、やっぱり須藤君は紳士だね」
あなた限定ですけどね。
「最近雰囲気が柔らかくなったって評判だよ」
「……え?」
「須藤君がね。前は無表情だったけど、最近そうじゃなくなったって」
「ああ……そうですか」
中村さんの忠告を聞いて、ちょっと愛想を振りまくようになったからだ。愛想を振りまくと言っても、口の端を少し上げているだけだけど。
「なんかいいことあったの?」
本田さんは、興味津々な感じで聞いてくる。
「いや、特に……」
「彼女できたとか」
「それはありません」
そこは即答だ。頼むから誤解しないでくれ。
「なんだー、須藤君の色っぽい話が聞けると思ったのに」
「そんな話、ありませんから」
「若いのに残念ねえ」
「本田さんだって若いです」
「あはは、私はもうアラサーだもん。もうすぐ28歳だし」
……もうすぐ?って、誕生日?
「もうすぐって……」
「あと2ヶ月きっちゃったんだよね〜」
てことは、12月か。
「何日ですか?」
「12月12日。覚えやすいでしょ、イチニ、イチニ」
イチニ、イチニ。口の中で繰り返す。
イチニ、イチニ。本田さんの誕生日。
イチニ、イチニ。どうしよう。なにかしたい。
お祝いに食事とか誘ってもいいだろうか。いや、あからさま過ぎる。
プレゼントを用意しなければ。なにがいいだろう。
そこまで考えたところで、本田さんのマンションに着いた。
「いつもありがとう」
エコバッグを受け取った本田さんが、笑顔をくれる。
「部屋まで運びますか?」
荷物はそれほど重くない。けど、女性にとってはどうだろう、というくらいの重さ。
「大丈夫だよ。いつもは自分でずっと持ってるんだし。ほんと、ありがとね」
いつも別れるマンションの出入り口。
本当は部屋まで送りたいけど、ただの後輩ならここまでだ。
何回もここまで送っている時点で“ただの後輩”じゃないと思ってほしいけど。
「お疲れ様でした」
「気をつけて」
本田さんは、今日も見送ってくれた。
角を曲がる前に見ると手を振ってくれるのも、いつもの通り。
あの笑顔、持って帰りたい。
俺は、いつもの通り後ろ髪を長く引かれて、家に帰った。