ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
その疑問も、その日のうちにわかった。
「須藤君のことは聞いてるよ、恭子から」
営業の筒井課長が、居酒屋にいた。
小田島さんと、帰りに飲みに来たつもりだったいつもの居酒屋。
どうやら小田島さんと筒井課長が待ち合わせをしたらしい。
筒井課長といえば、最年少で課長に昇進した、我が社の中ではエリートだ。
そして、筒井さんの旦那様でもある。
「千波ちゃんが大好きなんだって?」
「っ‼︎」
俺が飲んでいたビールは気管に入った。盛大にむせる。
「和久、直球過ぎ」
小田島さんが、呆れたように筒井課長に言う。
「え、なんか違った?」
「いや違わない」
俺は咳の中で絞り出した。
「あ、あの、小田島さんと筒井さんは……」
「同期だよ。あと中学の同級生」
「えっ⁈」
「生人とは、入社したら再会しちゃったんだよ」
筒井課長はにこにこと教えてくれる。
「恭子は見た目がキツいせいか、友達がなかなかできにくくてね。千波ちゃんは、会社でできた唯一の友達だって言って、凄く大事にしてるんだ」
それはわかる。本田さんも、筒井さんを凄く大事にしている。
「その千波ちゃんを、なんだかやたらと大事にしてる後輩がいるって言ってさ」
小田島さんが笑っている。
俺は恥ずかしくなって目を伏せた。
「好きなのはバレバレで、差し入れしたり仕事手伝ったり、お土産あげたり。千波ちゃんが断ってるのに、ちょっと強引に家まで送ったりしてるけど、一向に手を出さない」
筒井課長はにこにこと続ける。
「最初はヘタレなだけかと思ったけど、観察してたらちょっと違う気がしてきたって言ってたよ」
時々感じてた視線。観察されてたのか。
「だから、どういうつもりか探ってこいって言われたんだよ。生人が教育係だって言うから、頼んだんだ」
「探ってこいって言われたのに全部バラしてるけどいいのかよ」
「こういうのははっきり聞いた方がいいんだよ。誤解を生まずに済むからね」
小田島さんと筒井課長は、凄く仲が良さそうだ。名前呼びだし。
「で、どうなの須藤君。千波ちゃんが大好きで、これからどうするつもり?」
筒井課長は、柔らかい口調で、質問は豪速球ストレート。笑顔だけど眼光は鋭い。答えなかったりごまかしたりはできない、とわかる。
「……今は、ただの後輩としか思われてないので、そこから脱却したいと思ってます」
筒井課長はふうんとうなった。
「後輩じゃなくて男として見てもらおうってこと?」
「はい、できれば」
「で、その後は?」
「……お付き合いできたらいいな、と……」
「お付き合い、か」
筒井課長は、ふうっとため息を一つついた。
なんだろう。俺なんかまずいこと言ったか?
少しの沈黙の後、筒井課長は真剣な顔をして言った。
「須藤君、きみいくつ?」
「22です」
「千波ちゃんはいくつか知ってる?」
「次の誕生日で28歳だって聞きました」
「28歳の女性に付き合ってほしいって、本気で言うつもり?その先になにがあるか、考えたことある?」
「え……」
付き合った、その先?なにがあるかって……あ、もしかして。
「なんか、考えたことないみたいだね」
「え、まじか」
俺の隣で黙っていた小田島さんが慌てたように言う。
「22の男が28の女に、なんにも考えないでただ好きだ付き合ってくれって言ったって、大体断られるだろ」
「なんのこと言ってるのか、わかるよね須藤君」
「あ……はい」
結婚、だよな。
「考えたことなかった?」
筒井課長の声は優しい。
だからこそ、本当のことを言ったら怒られそうな気がする。
「正直に言ってみて」
でも、きっとごまかしや嘘は禁物だ。すぐに見抜かれてしまうと思う。そんな雰囲気が、この人にはある。
「……正直、そこまで考えたことは、ありませんでした。それよりも、そういう対象にも入れてもらえてないので、どうしたらいいかって、そればっかり考えて……」
本当に正直に言った。
筒井課長は、穏やかに微笑む。
「須藤君は真面目だね」
「……すみません」
本田さんと付き合うことも想像できないのに、結婚なんて、本当に考えたこともなかった。
「謝ることないよ。僕も22歳の時は結婚なんて考えたことなかったし。普通そうだと思うよ」
でもさ、と筒井課長は続ける。
「28歳の女性なら、結婚は身近なことだし、結婚しないなら付き合わないっていう人もいると思うからね。女性は出産のことも考えるだろうから、やっぱり30歳を目安にしてる人は多いと思うよ」
筒井課長の言葉はズンズン突き刺さる。
「千波ちゃんがどう考えてるかは、生人の方が知ってるかもね」
小田島さんを、指差した。
「知らない。俺、本田とはそういう話はしない」
「ちらっとでも聞かないの?」
「聞かない。そんなのお前の嫁さんの方が知ってるだろ」
「恭子は聞いてるだろうけど、僕は聞いてないからなあ」
2人のやりとりを聞きながら考えた。
結婚。
考えたこともなかったけど、そうか。
これを考えてないから、本田さんに相手にされないのかもしれない。
考えたら、相手にしてもらえるんだろうか。
いや、違うな。
相手にしてもらえた時のために考えておかないと。