ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
9. 12月
隆春
ザッハトルテは、美味しいと評判の店を食べまくり、多分本田さんの好みだろうというところに決めた。
予約して、前の日に取りに行くことにした。
チョコレートチーズケーキは、近くに売っている店がなくて、お取り寄せも考えたけど、結局作ることにした。
練習のために作ってみたけど、なかなか美味しくできたと思う。
3回作った。さすがに食べ切れないので、冷凍した。半年はおやつに困らないだろう。
本田さんが、これを頬張るところを想像したら、顔が自然と笑ってしまう。
喜んで、もらえるだろうか。
12月11日。
仕事は定時で終わらせて、小田島さんにニヤニヤ見送られて会社を出た。
まずザッハトルテを引き取りに行く。
その後、速攻で家に帰り、チョコレートチーズケーキを作る。
食べやすいようにホールじゃなく、アルミのカップケーキの型に入れた。
ケーキの箱と保冷剤も準備万端。
興奮し過ぎて、明け方まで眠れなかった。
12月12日。
イチニ、イチニ、と頭の中で言いながら出社する。
いつもの、朝の給湯室。
「おはよう、須藤君」
本田さんは、今日は名前がわからない白い花を活けている。丸い感じの可愛い花だ。
俺は、ウォーターサーバーの受け皿を洗い終わって、実は本田さんが来るのを待っていた。誕生日の今日は、きっと花を飾るだろうと思ったのだ。
「おはようございます」
物凄く緊張している。
誰かが来る前に、これだけは言いたかった。
「お誕生日、おめでとう、ございます」
本田さんは、驚いた顔をする。
「え、覚えててくれたの?」
そして、笑顔をくれる。
「ありがとう、須藤君」
最高だ。倒れそうなくらい満足だ。
顔に血が集まってくるのを感じる。
いや、ここで倒れてはいけない。
まだ渡さなきゃいけないものがある。
傍らに置いてあった紙袋を差し出す。
「あの、これ」
「?」
ちょっと大きめの紙袋。底が広めなので存在感がある。
「誕生日プレゼント、です」
本田さんは、心底驚いた顔をしていた。
見開いた目も、ちょっと開いた口も、なにもかも可愛い。
「え……いいの?」
俺は頷く。
「嬉しい。ありがとう」
本田さんは、笑顔でそう言って、紙袋を受け取る。
「中、見てもいい?」
俺はまた頷く。
本田さんは、紙袋から箱を出して、そうっと開けた。中には小さなサイズのザッハトルテが3つ。
「これ『リリーガーデン』のザッハトルテじゃない?」
俺はまた頷いた。緊張し過ぎて、言葉が出てこない。
「わざわざ買ってきてくれたの?」
そう言いながら、もう一つの箱を出す。
そっちもそうっと開ける。
「え……これは?」
「チ、チョコレートチーズケーキです……」
「これも買ってきてくれたの?」
「いえ、これは、近くに売ってる店がなくて、あの……つ……」
「……?」
「つ、つくり、ました」
本田さんが、また目を見開いた。
ケーキと俺を交互に見ている。
「手作り?須藤君の?」
俺は頷くこともできずに固まっていた。
今思ったけど、もしかして、手作りって重たかっただろうか。気持ち悪いって思われないだろうか。
無かったから作るしかなかったんだけど、そもそもそれが駄目だっただろうか。やっぱりお取り寄せにしておけば良かっただろうか。
本田さんは、側の引き出しを開けてスプーンを取り出した。
俺の作ったケーキも3つ入っている。
その一つを出して、スプーンですくって口に入れた。
「……おいしい!」
幸せそうだ。
「須藤君、これすっごくおいしい」
この笑顔が、見たかった。
本田さんは、ぱくぱくっとあっという間に一つ食べ終わってしまった。
そして、あっという顔をする。
「いきなり食べるなんて、お行儀悪くてごめんね。でもおいしそうだったから、誘惑に負けちゃった」
そう言って、照れながら笑う。
抱きしめたくなるくらい、愛おしい。
残りは大事そうに紙袋に戻す。
「あとは、家に帰ってからいただくね」
冷蔵庫に入れようとするので、用意したふせんを出した。
「これ、貼っておいてください」
『本田』と書いた大きめのふせん。
本田さんは見た途端に笑い出す。
「用意周到だね」
「あ……絶対必要だと思って」
俺も、ははっと笑った。
「ありがとう」
冷蔵庫にしまって、笑顔をくれる。
「朝からいい誕生日で嬉しい」
俺も嬉しい。喜んでもらえたみたいだ。
「あ、ねえ、須藤君の誕生日はいつ?」
「え?」
思いがけないことを聞かれた。
「お返ししたいから。教えて?」
「あの……2月の、12日です」
「須藤君も12日なの?同じだね」
そういえばそうだ。
「ニ、イチニ、だね。覚えとく」
笑顔を残して、白い花を持って。
先に行くね、と本田さんはフロアに戻っていった。
俺は、しばらく動けなかった。
余りに緊張していたせいか、脱力していた。
脱力しながら、喜びをかみしめていた。
もう、今日は仕事にならないに違いない。
予想通り、ふわふわした気分で、仕事は一向に進まず、残業になった。
小田島さんは苦笑しながら、俺の肩をポンポンと叩いて帰って行った。