ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜



 気が付いたら、街はクリスマス一色になっていた。
 千波さんの誕生日にばかり気を取られて、よく見ていなかった。
 でも、もう目に入らない。
 仕事が忙しいからだ。
 クリスマスを通り越して、年末納期の仕事に向けて残業残業の毎日だった。
 そんなに急がなくても、と思うような案件まで『年末で』と言われて譲ってもらえない。恐るべし年末パワー。

 おかげで、俺は千波さんを毎日送って帰る、という夢の時間を過ごしていた。
 毎日となると、千波さんも遠慮して断るのだが、俺が「心配だから」と頑として聞かないので、また何も言わずに送らせてくれている。
 その代わり、時々、いいタイミングでコーヒーを差し入れしてくれる。ゆっくり休憩している時間もないので、凄くありがたい。

 平行して、クリスマスプレゼントも考えている。
 でも、誕生日同様、良い物が思い付かないでいた。
 アクセサリーは自分でも無しだと思う。マフラーは誕生日に中村さんがあげた物がある。いくつあっても良さそうだけど、きっと中村さんににらまれるに違いない。
 入浴剤とか、当たり障りのない物も考えたけど、いまいちピンとこない。

 悩みまくっている時だった。

「あ、漏れた」
 朝、鞄からマイボトルを出した千波さんが呟く。
 こういう時に素早く反応するのは中村さんだ。
「どうしたんですか?」
「ちょっと漏れちゃったみたい。閉めるの甘かったかな」
 マイボトルを点検している。
「鞄の中がコーヒーの香りだよ」
 苦笑いしている。
「中身は無事ですか?」
「うん、横にあったハンカチだけかな。洗ってくる」
 千波さんはそう言ってフロアを出て行った。

 俺は、目だけで素早く千波さんのマイボトルを観察する。
 大分使い込んでいるようだった。
 プレゼントはこれにしようか。ちょっと後で調べてみよう。
 メーカーを記憶しておく。

 ふと視線を感じた。中村さんがこっちを見ている。
「顔に締まりがない。気持ち悪い」
 余りにはっきり言われると、ショックも受けない。
「はいはい、すいませんでした」
「ムカつく」
 中村さんは、相変わらず俺を敵認定している。
 でも、俺が中村さんの忠告を聞いて、周囲に愛想を振りまき出したのはわかっているらしく、少しだけ態度が軟化した気がする。
 千波さんが、洗ったタオルハンカチをパタパタさせながら戻ってきた。
「このボトルも替えないとなあ」
「パッキンですかね」
「うん、多分。そろそろだと思って、この頭の部分は替えを買っといたの」
 えっ……。
「千波先輩、用意がいいですね」
「そりゃあ、この時期時間ないのわかってるからね。買いに行く暇なんてないもの」
 あはは、と2人は笑う。

 俺はパソコンに向かって、1人ショックを受けていた。
 いいプレゼント候補だと思ったのに。

 千波さんがマイボトルからコーヒーを飲む。
 いつもインスタントコーヒーを入れてくるんだと聞いたことがある。
 コーヒーはどうだろう。
 香りの良い物を選べば、癒されるんじゃないだろうか。インスタントでも、おいしいものはある。
 使ったら無くなる物だし、きっと負担もそれほど感じさせないんじゃないだろうか。
 後で調べてみよう。

 いいことを思い付いたとウキウキしていたら、また中村さんに「気持ち悪い」と言われてしまった。
 今度は千波さんの前で、はっきりと。
 千波さんは苦笑していた。
 それも可愛いから、まあいっか、と思った。



 仕事で疲れてくると、千波さんはスマホを取り出す。
 ちょっと操作して、にへっと笑う。
 ケンさんの写真を見ているのだ。
 千波さんのスマホの中には『ケンさんセレクト』フォルダがあって、お気に入りの写真はそこに入っているらしい。
 それを見ている千波さんは、ぽわんとあったかいオーラを放っていて、癒されている。
 俺はその千波さんを見て、癒されている。

 年末に帰省したら、またケンさんの話をたくさん聞かせてくれるんだろうな。

 それも想像して、癒されながら仕事を進めた。


< 40 / 130 >

この作品をシェア

pagetop