ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
千波さんは、会社を出る時には、さすがにサンタの帽子は脱いでいた。小田島さんにあげようかな、とつぶやいていた。
駅で、中村さんに恨みがましい目で見られながら別れて、電車に乗る。
電車の中で、千波さんは言いにくそうに口を開いた。
「須藤君」
「はい」
「今日はさ、大分遅いし、疲れてるだろうから、送らなくて平気だよ」
なにを言い出すのか、この人は。
「なに言ってるんですか。遅いから送るんですよ」
「でも、さすがにこう連日だと疲れるでしょ?」
「大丈夫です。電車はまだありますし、気にしないでください」
言い切ると、千波さんは困ったように笑った。
「……ありがとね」
「……いえ」
困っているんだろうか。迷惑なんだろうか。
「あの」
「ん?」
「……もしかして……」
言い淀んでいると、千波さんは焦って言う。
「あっあの迷惑とかそういうんじゃないよ、むしろありがたく思ってるから、その……大したお礼もできないし、申し訳なくて……」
そんな風に思ってほしい訳じゃないのに。
「お礼なら、コーヒーもらってますよ」
「そんなの大したことじゃないよ」
「いえ、本田さんがコーヒーくれる時って、煮詰まってたり、長く作業してた時で、休憩した方がいい時ですよね。ちゃんと見ててくれてるんだなあって、思ってました。だから、それも込みで、ありがたくもらってます」
千波さんは、顔を真っ赤にした。
え、そんなの見るの初めてなんだけど。
可愛いんだけど。
「そ、そんな……ほめられてるみたいな……」
「……ほめてます。いつも気を遣ってくれて、感謝してますよ」
千波さんは、更に顔を赤くした。
可愛い。
可愛い過ぎて、どうしよう。
「……私こそ、いつも、ありがとう」
千波さんはうつむき加減でぽそっと言った。
思わず抱き寄せてしまいそうになったところで、電車が駅に着く。
千波さんの最寄駅だ。
駄目だ駄目だ。
まだプレゼントは渡してない。鞄の中にある。
この日のために選んだ、インスタントコーヒーの詰め合わせ。使いやすいようにスティックタイプで、パッケージも大人可愛いデザインの物を選んだんだ。
渡したい。だからその前に気まずくなりそうなことはしたくない。
2人で無言で駅を出る。
千波さんは、恥ずかしそうにうつむいたまま。
充分気まずくなってしまっている。
このまま着いてしまうのは嫌だ。なんとかしなくては。
と思いながらもどうにもできず、千波さんのマンションに着いた。
「今日もありがとね」
千波さんは、顔を上げて笑ってくれた。
それが凄く嬉しい。
「あの、これ」
鞄から、プレゼントを出す。
千波さんが息を飲んだ。
「クリスマスプレゼントです。コーヒーなので、ボトル用にでも……」
「須藤君、そんなにいろいろしてくれなくてもいいんだよ?誕生日もプレゼントもらったのに……」
「今日、俺もプレゼントもらいました。お返しです。それに、いつもお世話になってるし。感謝の気持ちなんで」
感謝だけじゃない。好意も、思いっきり。
「……お世話になってるのは、私の方だよ」
いつのまにか下を向いていた。恐る恐る顔を上げると、千波さんの笑顔があった。
そして、プレゼントを受け取ってくれた。
「いずれ、ちゃんとお礼するからね。須藤君のおかげで、安心して帰れるし。楽しいし」
楽しい?ほんとに?
「……じゃあ、いずれ。よろしくお願いします」
ニカッと笑って言ってみる。明るくしないと、きっと千波さんがいろんなことを気にすると思って。
「気を付けて帰ってね」
「はい。お疲れ様でした……また明日」
「また明日」
千波さんは笑顔で手を振ってくれて、いつものように見送ってくれた。
良かった。プレゼントは渡せた。
千波さんのサンタ帽子は可愛かった。
ケーキもおいしかった。
千波さんの、褒められて赤くなった顔は最高に可愛かった。
天にも昇る気分で、俺は家に帰った。
次の日も、その次の日も、仕事はたくさんあったけど、頑張れた。
頑張って、みんな頑張って。
無事に、仕事納めの日を迎えることができたのだった。