ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 2月12日。
 朝一番で、実家から電話がかかってきた。母親から『誕生日おめでとう』と言われた。奥で、父親が『おう』と言っているのが聞こえた。声を聞かせればいいと思っているらしい。弟からはメッセージがきた。
 浩紀とさやかからは『バレンタイン頑張れ!』というメッセージがきた。
 大学の友達からもちらほら『おめでとう』メッセージがきた。
 全部、ありがたく受け取った。

 会社に行って、いつも通り窓を開けて、ウォーターサーバーの受け皿を洗うために給湯室へ行った。

 千波さんが、いた。

 驚いて、入口で止まっていると、千波さんはにこっと笑う。
「お誕生日おめでとう」
 ……もしかして、待っててくれた?
「ありがとうございます」
 自然と顔がほころぶ。
 千波さんは、持っていた紙袋を差し出す。
「約束のプレゼント。受け取ってくれる?」
 もう胸が一杯で、言葉が出てこないまま、紙袋を受け取る。
「……見ても、いいですか?」
「もちろん」
 千波さんの笑顔を受けて、紙袋を開ける。
 中に入っていたのは、手袋だった。
 ブラック地に深いグリーンの模様がついている、毛糸の手袋。
「あっ、言っとくけど手編みじゃないよ。私そんなに器用じゃないからね。須藤君は手作りだったのに申し訳ないんだけど」
 えへへ、と笑う。
 手編みだったら、嬉しいけど恐れ多くて使えない。
 はめてみると、大きさはぴったり。そして、暖かかった。
「コートの色にも合うと思うの」
 俺のコートはライトグレーだ。
「須藤君、いつも手袋してないから。いらないのかと思ったんだけど、あっても困らないかなって思って」

 誕生日を覚えててくれてた。
 プレゼントまで用意してくれた。
 それだけで、いい。

 俺は、嬉しくて、泣きそうになるのをこらえて、笑顔を作った。
「ありがとう、ございます。手袋、持ってなかったんで、嬉しいです」
 うまく笑えただろうか。
 千波さんは、笑顔を返してくれた。
「良かった。これね、手触りが良くて」
 千波さんの手が伸びてくる。
 手袋をはめた右手を取って、千波さんの両手で包むように触る。
「それも選んだポイントなんだよ」
 そのまま、俺の顔を見上げて笑う。

 近い。手が熱い。顔も熱い。
 理性がふっ飛んで、抱きしめてしまいそうだ。
 落ち着け。

 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
 右手を取られたまま固まっていると、千波さんがはっと気付いた。
「あっごめん、つい」
 パッと手を離す。
「売り場で一番気持ち良かったんだよね〜」
 照れているのか、千波さんの顔も少し赤くなる。可愛い。

 理性なんて、ふっ飛ばしてしまえば良かったかもしれない……。

「ありがとうございます。今日から早速使わせてもらいます」
 顔は熱いまま、なんとか言葉を絞り出す。
 千波さんは頷いて、満足そうに笑った。

 この日はとにかく集中した。
 早く帰りたかった。手袋を使うために。
 手袋はあったかくて、俺はますます幸せな気持ちになった。
 帰ってからも、隙があれば手にはめて。
 握ったり広げたり、上げたり下げたりして、眺める。
 さすがに我ながら気持ち悪いかもと思ったけど、嬉しくてやめられなかった。



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