ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 フロアに戻ると、千波さんが、中央にあるミーティング用のテーブルに、大きめの皿に袋詰めのチョコレートを並べていた。
「あ、須藤君おはよう」
 ご機嫌だ。きっと好きなチョコを目の前にしているからだ。
「これ、私と美里ちゃんから皆さんに、だから。好きな時に食べてね」
 千波さんは、皿から一つチョコを取った。
「はい、これは早朝手当。いつも朝からありがとね」
 反射的に出した俺の手に、チョコを乗せる。
「あ、もちろんこっちも食べていいんだからね」
 大皿を指差して、そう言って、笑った。

 やっぱり、千波さんの笑顔がいい。

 義理チョコでも、みんなと同じチョコでも、千波さんからもらえるだけで、どんなチョコよりも絶対においしい。

 実感した。
 だから。
 俺は、今あるだけの勇気を振り絞った。

「本田さん、今日の帰り、一緒に帰っても、いいですか?」
 千波さんは、一瞬きょとんとして、首を傾げながら頷いた。
「いいけど?なに改まって」
「いえ、じゃあ、よろしくお願いします」
 返事になっているのかいないのか。
 そのままデスクに向かおうとして、手の中のチョコを思い出した。
「これ、ありがとうございます」
 千波さんに示すと、笑って応えてくれた。
「美里ちゃんにもお礼言ってね」
 頷いて、デスクに鞄を置いた。
 落ち着かなくて、とにかくいつもしていることを始める。
 窓を開けたら、冷たい風が顔に当たった。
 多分ほてっていたんだろう。気持ち良かった。


 俺の仕事は定時30分前に終わった。
 明日やる仕事の資料を読んだけど、全然頭に入らない。
 隣の席の千波さんは、難しい顔をしてパソコンとにらめっこしている。
 もしかして、終わらないかも?
 そのまま定時になった。

 千波さんはまだパソコンとにらめっこしている。集中しているから、時間には気付いていない。
 俺は、休憩スペースに飲み物を買いに行った。
 筒井さんが、椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「お疲れ様です」
 声をかけると手招きされたので、買ったコーヒーとカフェオレを持ったまま近寄った。
「チョコ受け取ってないんだって?」
 筒井さんは抑えめの声で言った。
 俺は頷く。
「うちのフロアに凄い勢いで広まってた。須藤君はチョコを受け取らないって。だから、渡さずに引っ込めた人もいるみたいよ」
「はあ……」
 そんなことになってたのか。
「千波からはもらったの?」
「中村さんと連名で、皆さんでどうぞってテーブルに置いてあったのをもらいました」
 筒井さんは苦笑した。
「そういえば、須藤君はチョコレート好きなんだよね?」
「え?」
「千波がそう言ってた」
「あー……そう、いうことに、しといてください」
 筒井さんが吹き出す。
「もしかして千波に差し入れしてた?そんで勘違いされてんの?」
 俺は力なく笑った。
「須藤君がよくチョコを分けてくれるんだって言ってたんだけど、そういうことだったんだ。わかった。黙っとく」
「よろしくお願いします……」
 頭を下げたところに声がした。
「恭子お待たせ。あれ、須藤君」
 筒井課長だった。待ち合わせしてたのか。
「お疲れ様です」
「お疲れ。チョコ受け取らないんだって?」
 筒井課長は爽やかな笑顔で言う。俺は苦笑いで応えた。
「はい……」
「噂って広まるの早いよなあ。営業でも言われてたよ」
 筒井さんが椅子から降りて、コーヒーの缶を捨てる。
「受け取ったのは、千波と美里ちゃんからのその他大勢義理チョコだけだってさ」
「ははは、須藤君、律儀だね」
「あなたは?」
「その他大勢義理チョコはもらったよ」
「そう。じゃあ来月お返しを用意しないとね」
「そうだね。じゃあ帰ろうか。須藤君、お先に」
「千波によろしくね」
「え……」
 動揺する俺に、筒井さんは笑いをこらえながら言った。
「それ、千波のでしょ?一緒に残業?」
 筒井さんはカフェオレを指差している。
「あ、はい、まあ……」
「じゃ、頑張って」
 背中をポンと叩いて、筒井さんは出て行く。
 筒井課長も、それを追いかけた。
 2人で、仲良さそうに廊下を歩いて行く。
 その幸せそうな背中を見送って、俺はフロアに戻った。




< 52 / 130 >

この作品をシェア

pagetop