ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
12. 3月

隆春




 バレンタインデーの後、俺はしばらく沈んだままだった。
 千波さんの前ではなんとか取り繕って、いつも通りにしてたつもりだったけど、何回も「元気ないね」とか「大丈夫?」と言われてしまった。
 バレンタインのトリュフチョコは大層おいしかったそうで、「ホワイトデーは楽しみにしててね!」と言われた。

 余りに沈んでいたから、小田島さんに無理矢理居酒屋に連れて行かれて、事情聴取を受けた。
 そして、笑われた。
「須藤……気持ちはわかるけど、ヘタレ過ぎだろ」
「あーでも、普段の須藤君と本田さん見てるとわかるかも」
 何故か西谷さんもいる。
「本田さん、全く気付いてないですもんね」
 どういう訳か井上もいる。
 2人共、俺のだだ漏れな気持ちにはとっくに気付いていて、どうなっているのか興味津々だったんだそうだ。
 俺はふてくされながら、だし巻き卵を食べている。千波さんの好きな、だし巻き卵。
 井上の箸が伸びてきた。
「須藤、卵焼きちょうだいよ」
 手で覆って隠した。
「これはやらない。食べたいなら別に頼めよ」
「なんだそれ」
 井上は笑いながら、だし巻き卵はやめて枝豆を注文している。
 バレンタインデーは、佳代ちゃんからメッセージカードが届いたらしい。俺とは対照的に、浮かれまくっている。
「小田島さん、本田さんて、今まで社内では何もなかったんですか?」
「なにが?」
「社内恋愛的なやつです」
「あー、あったけど、ないな」
「なんですか、それ」
 井上が聞く横で、俺も気持ちだけ前のめりになる。
「今の須藤と似たパターン。本田は全く気付かずに、そのうち告白されて、本田が断るっていう」
「俺も見たことある。多分社外でもそういうヤツいると思うよ」
「あの人見知りは社外じゃ無理だろ。野生動物並みの警戒心だからな」
「それ前にも聞きましたけど、そんなにひどくは見えなかったですよ」
「本田さんもさすがに大人だからね、そこら辺はうまくやってるんだよ」
「うまくやり過ぎて、前の彼氏とはうまくいかなかったんだ」
「外面のまんま付き合ってるって、本人が言ってたからね。続かないなって周りはみーんな思ってた」
「へー……それって須藤にはどうなんですか?」
 話が自分に向けられて焦った。
「……いきなりなんだよ」
「だって、そこ重要でしょ。今の時点で警戒されてたらもう諦めるしかないじゃん」
 今の時点で警戒?あの笑顔が?そんなことあるのか?
 そんなことがあるなら、俺は一体どうすればいいんだ。
「あーあ、須藤君の顔、真っ青になっちゃったよ」
 西谷さんが笑っている。
「大丈夫だよ。俺の知る限り、本田さんは須藤君に対しては、警戒なんてしたことないよ」
「え……」
「前にも話したけどさ、須藤君には最初から普通っていうか、むしろ好意的だったと思う」
 ですよね、と小田島さんの方を向く。
「そうだな。あれは、本田にしては珍しかった」
 小田島さんは頷きながら言った。
「磯貝さんが、前からの知り合いかって聞いてたくらいだったからな」
「あーそういえばそうでしたね」
 西谷さんが笑い始める。
「聞かれた本田さんがびっくりしてたんだよね」
「え、じゃあ須藤って……」
「本田にとっては、警戒しなくてもいい存在、だと思う。大分、気を許してる」
「それって、凄くいいんじゃないですか」
「だからって、男としてどうかってのはわからないだろ。男として意識してないから警戒しないのかもしれないし」
 確かに、人としてはいいのかもしれないけど。
 気を許せるからと言って、恋愛に発展するかどうかはわからない。
「須藤、当たってみれば。砕けても、気まずいのはちょっとの間だよ」
 井上よ、それができてたら、俺はここにいない。
「まだホワイトデーがあるじゃん」
「そうだけど……」
「本田さんにお返ししなくちゃいけないんだから、それを利用しなよ」
 俺は、無言で目の前のだし巻き卵を見つめた。
「須藤、無理はしなくてもいいけどな、お前がそうやってる間に、本田がまた合コンに連れて行かれる可能性もあるぞ」
 確かにそうだ。
「本田さん人気あるし、他部署の人がまた言い寄ってくるかもしれないしね。中途入社の人とか」
「中途入社か。いつ来るかわかんないしな、そういうの」
 そうですよね……。

 だし巻き卵の黄色の中に、千波さんの笑顔が浮かんだ。



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