ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
3月14日。
俺は、包みを2つ用意した。
1つは、小さめの豆大福と草餅が2つずつのセット。中村さんへのお返し用。
もう1つは、だし巻き卵。
これは千波さん用。この日のために取り寄せた。
朝、いつものように出勤すると、千波さんがデスクにいた。
「須藤君、おはよう」
眩しい笑顔での挨拶に、くらくらする。
「おはようございます」
千波さんは、細長い紙袋を俺に差し出した。
「これ。ホワイトデーのプレゼント」
にこにこしている。
これは……?
「須藤君、ワイン飲めたよね?地元のなんだけど、おいしいから、と思って」
袋を覗いてみると、ワインの瓶。赤のようだ。
「ありがとうございます」
顔がほころんだ。嬉しい。
俺は、千波さん用の包みを出した。
「俺も、お返しです」
千波さんは目を丸くした。
「えっだって、私からのはみんなと一緒のチョコだったのに」
「気持ちです。あ、開封前は冷蔵不要なんで、ふせんはありませんけど」
「えー?なにそれ」
千波さんが、笑いながら包みの横のシールを見る。
「だし巻き……?え、だし巻き卵?」
俺は頷いた。誰のお返しとも被らない自信がある。
「えー嬉しい!」
包みを抱きしめて、喜んでくれている。
良かった。引かれる可能性もあると思っていたから。
「わざわざお取り寄せしてくれたんでしょ?ありがとう!」
千波さんは、満面の笑みだった。
結局、ホワイトデーは普通に過ごすことにした。
そして、これからは、千波さんと距離を縮める。
当たって砕けないように、策を練りながら、距離を縮めていくことにしたのだった。
我ながらヘタレだと思うけど、ヘタレなりに頑張ろうと、決意を固めた。
差し当たって、近々デートに誘おうと考えているんだけど、具体的な計画が立てられないでいる。
年度末に向けて、段々仕事が忙しくなってきていて、平日はまた残業が続いているのだ。休日に誘って、千波さんに無理をさせたくなかった。
今日は定時で終了。
明日は休みだし、早く帰って、千波さんからもらったワインを隅から隅まで眺めようと、会社を出ようとした時だった。
千波さんからメッセージが入った。
ーーーもう帰ってる?
人通りの邪魔にならない場所に移動する。
ーーー今、一階にいます
なにかトラブルでもあったのかと思っていると、電話がかかってきた。
「須藤です、お疲れ様です」
『本田です。ごめんね急に』
「なにかありましたか?」
『あのね、今日、これから、なにか予定ある?』
「いえ、もう帰るだけですけど」
『あの、恭子がね、家に来ないかって言ってるんだけど……』
「はあ……」
筒井さん家?今から?
『あ、あの、嫌だったら断っていいんだからね。実は、恭子がね、その……今日須藤君にあげたワインが大好きで、私もだし巻き卵持ってるし、お酒とつまみが揃ってるんなら場所を提供するからって言ってて……』
「はあ……」
つまり筒井さんの家で飲もうってことでいいのかな。
「俺は大丈夫ですけど」
『えっ、いいの?』
「はい。えっと、どうすればいいですか?」
『あっ、じゃあそのままそこにいて。すぐ行くから』
「わかりました」
電話を切る。
筒井さんの家で飲む。
千波さんと一緒に。
なんだか楽しそうだ。ちょっとウキウキしてしまう。
デートじゃないけど、これもいいなと思った。
千波さんと筒井さんは、すぐに来た。
「急にごめんね、須藤君」
千波さんはちょっと申し訳なさそうだけど、でもにこにこ笑っていた。
筒井さんもご機嫌のようだ。
「そのワインおいしいんだよね〜。それがもらえるんなら、私も千波にチョコあげるんだった」
「普通にお取り寄せすればいいのに」
「まあまあいいじゃないの。だし巻き卵もあるんだし、千波の大好きな」
筒井さんはニヤッとして俺を見る。
「つまみとお酒が揃ったら飲むしかないじゃない。さ、行こ行こ。旦那はまだ残業だって言ってるから」
筒井さんは楽しそうに歩き始めた。
千波さんが横に並ぶ。
「言っとくけど、あのワインは須藤君にあげたんだからね。恭子はもらう立場なんだから」
「はいはい、わかってます。どうせ1本じゃ足りないんだから、途中で買ってこう。須藤君は強いって聞いたけど」
筒井さんが振り返る。
「酒ですか?ええと、それなりに」
「そう。じゃあ遠慮なく飲めるわね〜」
「恭子、手加減してあげてよ?」
「するする。精一杯するから」
筒井夫妻は酒豪、と小田島さんから聞いたことがある。
どんな宅飲みになるのだろう。
ちょっと楽しみに思いながら、2人の後を付いて行った。