ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
グラタンが出来上がった頃、筒井課長が帰ってきた。
キッチンにいる俺を見て、笑っている。
「誰かと思ったら須藤君か。エプロン似合うね」
「でしょう?ウチにお嫁にほしいよね」
「ははは、僕は恭子以外はいらないけど、恭子がほしいんならもらおうか」
軽くノロケを聞かされているらしい。
筒井課長は着替えてくると言って、一旦出て行った。
「もらってくれるって、須藤君」
筒井さんがふざけて言っている。
「いいですね、もらってもらおうかな」
俺は、できれば千波さんにもらわれたい。
「3食昼寝付きにしてあげよう」
筒井さんが言うと、千波さんは何故か焦り始めた。
「やだ、須藤君にいなくなられたら困る。頼りにしてるのに」
「へ……」
『頼りにしてるのに』?ほんとに?
「千波ってば酔ってんの?」
筒井さんの一言で、俺は気付いて千波さんに水を渡した。
千波さんは水を飲んで、でもやめなかった。
真剣な表情で、筒井さんに力説している。それもまた可愛い。
「須藤君はさ、頑張ってるんだよ。自分の仕事はきっちりやるし、手伝えることはすすんでやってくれるし、勉強だってしてるの」
筒井さんがニマニマしてこっちを見る。
恥ずかしい。でも、千波さんの顔を見ていたいから、目はそらさない。
「相手のことをちゃんと考えられる人だからお客様にも評判いいし、優しいところが仕事にも出てるし、みんな期待してるんだから。この前だって私の相談にも乗ってくれてすごく助かったし、すっごくすっごく頼りにしてるんだから!」
両手を拳にして、テーブルを叩かんばかりの勢いだ。
「だから、須藤君がいなくなると困るの!駄目!あげない!」
後輩として言われてるのはわかってる。でも、凄く嬉しい。
どうやら『ただの後輩』から『頼りになる後輩』に進歩していたらしい。
「わかったわかった、取らないから」
筒井さんは苦笑いで千波さんをなだめる。
「ほら、大事な須藤君が、ほめられて顔真っ赤にしてるよ」
「え?」
千波さんがこっちを向いた。
目が合うと、千波さんの顔も真っ赤になる。
俺の顔は、力説の途中からほてっているのがわかっている。
「あ、あの、ごめんね須藤君。勝手にいろいろ言っちゃって」
「あ、いえ……ありがとうございます……」
千波さんと俺が、2人で顔を赤くしていると、着替えた筒井課長が戻ってきた。
「なんか千波ちゃんの大きい声が聞こえたけど……なにこの初々しい甘酸っぱい雰囲気」
「甘酸っぱいって、そんなんじゃありません……」
千波さんが力無く反論する。
「千波がね、須藤君はあげない!って言ってたのよ」
筒井さんはまだニマニマしている。
「ごめんね千波、大事な須藤君を取ろうとしちゃって」
「恭子!からかわないでよ!」
「はいはい。ねえ須藤君、そろそろグラタン食べようよ」
「グラタン?須藤君に作らせたの?」
筒井課長が驚いている。
「得意料理なんだって」
「だからってお客様に……悪いね須藤君」
「いえ、食材とか勝手にいろいろ使ってすみません」
「それは全然。じゃあ僕もグラタンはご馳走になれるのかな?」
「もちろんです。今出しますから」
オーブンレンジから大皿で焼いていたグラタンを出す。
テーブルの中央に置くと、感嘆の声があがった。
「おいしそう!」
千波さんがいつもの笑顔に戻った。
筒井さんがワインを持ってきて課長に渡す。開けるのは課長の役目のようだ。
俺は、小皿にグラタンを取り分けて配り、エプロンを外して椅子に座った。ここに来てから初めての着席だ。
「じゃあ乾杯」
課長の音頭で、4人で軽くグラスを合わせる。
千波さんのくれた赤ワインは、葡萄の味がしっかりとする濃厚なフルボディ。ワインだけでも楽しめそうな味だった。
千波さんは、ワインとグラタンで笑顔が戻ってきている。
「グラタンおいしい!」
「ほんと、さすが得意料理」
「おいしいよ、須藤君。悪かったね、いろいろ作らせちゃって。この人達、全く手伝わないから驚いたでしょ」
「いえ、そんなことは……」
「いつもは僕がいろいろするんだけど、今日はすっかりやってもらっちゃったね。このモヤシもトマトもおいしいよ」
「ありがとうございます」
喜んでもらえて何よりだ。
最近は誰かに食べてもらうこともなかったから、余計に嬉しい。
そして、千波さんに食べてもらえているのも、凄く嬉しい。
ワインもおいしい。
隣を見ると、千波さんが座っていて、目が合うと微笑んでくれる。
もし一緒に住んだらこんな感じなのかと思ったら、鼻血が出そうなくらい興奮した。