ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 残業30分。2人で同時に作業が終わり、一緒に会社を出た。
「ハンバーグ、久しぶりだなあ」
「井上のおすすめはデミグラスハンバーグだそうですよ」
「あーおいしそう!」
「チーズが入ってるのもいいそうです」
「チーズいいね〜。今お腹空いてるし、なんでも食べたくなっちゃう」
 千波さんはご機嫌だ。最近のおかしな視線は、今のところ出てない。

 と思っていたら、駅を通り過ぎた辺りで、千波さんの様子が変わった。
 何か言いかけてやめるのを、何回か繰り返している。
 気にはなるものの、店に着いたので、後で聞くことにした。

 店はログハウス風の可愛い作りの洋食屋さんだ。
 入って、名前を告げる。密かに人気らしいので、昼休みに予約しておいた。
「須藤様、お待ちしておりました」
 店員さんに案内されたのは、窓際の1番奥の席。
 千波さんが奥、俺が手前に座る。
「わあ、いろいろおいしそう〜」
 千波さんは、メニューを見ながら目をキラキラさせている。
 ハンバーグだけでなく、パスタやグラタン、オムライスもあって、値段もリーズナブル。通ってしまいそうだ。
 迷った末に、2人共、井上おすすめのデミグラスハンバーグセットを注文した。

 店の中を眺めている千波さんに、さっきのことを聞いてみる。
「あの、本田さん、何か言いたいこととか、あるんですか……?」
 ああ、下手くそな聞き方だ。
 千波さんが、目を点にしてるじゃないか。
「あの、駅のあたりから、なんか言いかけてやめてたみたいだったので……。もしかして用事を思い出したりしたのかなって思って」
「あ、ああ、違うよ。用事とか、そういうんじゃないから、それは大丈夫」
 言いながら、千波さんの視線が下に向いていく。
「あの、あのね……」
 何を言われるのか、ドキドキする。
「須藤君、車道側、歩いてくれるよね、いつも」
 ……へ?
「あの、家に送ってくれる時も、そう、だよね?」
「あ……まあ……そうですね……」
 意識してはいる。どっち側というより、危険度の低い方を千波さんが歩くようにしていた。
「駅からこっち側って、道幅狭いでしょ?さっき、車が通った時に須藤君がかばってくれて、今までずっとそうだったなって……」
 なんとなく、千波さんの顔が赤い気がする。
「前にも言ったことあるけど、歩くスピードもちゃんと合わせてくれるし、やっぱり須藤君て紳士だなって、改めて思ったの」
 気のせいじゃない。千波さんの顔は段々赤くなってきてる。
「ここだって、予約してくれてたんだよね?あの……いつもね、気を遣ってくれて、ありがとう……」
 うつむき加減で、顔を赤くして。
 可愛い。可愛い過ぎる。
 思わず口から出そうになって、慌てて手で押さえる。
 なんて言えばいいんだ、こういう時は。
「紳士、とかではないです、よ……」
「え……?」
「……本田さん、だから……」

 あなただから、そうするんです。
 あなた以外の人にはしません。

 そう言いたかったのに。

「お待たせしました。セットのサラダです」
 店員さんは、明るい声でやってきて、サラダを置いて行った。

 ……読んでくれ、空気を。

「……食べましょうか」
 カトラリーケースに入っているフォークを渡す。
「あ、うん、そうだね」
 ごまかすように笑う俺に、千波さんもぎこちない笑顔を返す。

 サラダも、その後に来たハンバーグも、おいしかった。
 今度はオムライスが食べたい、と千波さんは言った。
 その『今度』の中に、俺はいるんだろうか。
 怖くて、聞けなかった。



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