ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 とにかく、近くに。と考えた。
 朝、須藤君は、ちょっと早めに出社して、窓を開けて、簡単に掃除をしている。
 私は、気が向いた時に、フロアに花を飾っている。その時、須藤君と話すことが多かったので、まずはその回数を増やしてみようと思った。

 そうして、花を持って出社したある日。
 その日は、晴れていて、心地良い風が吹いていて。
 気持ち良さそうに、開けた窓の枠にもたれかかって、須藤君が立っていた。
 背が高くてスラっとしている彼は、微かに微笑んでいて、絵になる光景だった。
 思わず見とれていたら、私に気が付いて、笑顔で「おはようございます」と挨拶をした。
 それもまた絵になっていて、挨拶を返すのも忘れて見とれていたくらいだった。
 慌てて焦って挨拶する私を、はてなマークの顔で見る須藤君。
 私は、ほてった顔が冷めるまでに、大分時間がかかったのだった。



「その、見とれちゃうのは、なんでなのよ」
 仕事帰り、筒井家に来ている。筒井さんは残業で遅くなるんだそうだ。
「顔がほてったのは、なんでなのって話よ」
 恭子は、ちょっと酔っている。缶ビールは3本目だ。
「なんでって……カッコいいなって思って」
「なんなのよそれは」
「え……っと、目の保養?」
 恭子は、はあ〜っと深くため息をついた。
「その、カッコいい、の先には何かないの?」
「カッコいい、の、先……」
 何かあるだろうか。そんなこと、考えたことなかった。
 恭子はまたため息をつく。
「まあいいよ。そのまま須藤君の近くにいなさい」
「え……近くって、こんな感じでいいのかな」
「そうだね、いいんじゃない?カズがそうだったから」
「筒井さんが?」
「そう」
 恭子は3本目の缶ビールを飲み干した。
「カズが、私と親しくなりたくて取った作戦だってさ。とにかく、顔を合わせる機会を増やす、って」
 筒井さんが、恭子に会いたくて経理に通っていたのは知っている。
「千波の場合、嫌でも顔は合わせなきゃいけないけど、この場合、そういうことじゃないからね」
「……どういうこと?」
「それは、千波が知ってるよ、多分」
 恭子は、この前と同じことを言う。

 私が知ってる。
 自分に聞いてみてるけど、いまいちよくわからない。
 パズルのピースが、一つ見当たらない。そんな感じ。
 しかも真ん中のピース。それがないから、なんの図柄なのかがわからない。

「ねえ、気付いてないかもしれないけど」
「なにを?」
「須藤君て、千波の好みだよね?」
「好み?なにそれ、なんの好み?」
 私がそう聞いたら、恭子はあんぐりと口を開けた。
「ねえ千波、それ本気で言ってる?」
「なに、どういうこと?」
 本気もなにも、一体何を言っているのかわからない。
「千波の好きな、男の人のタイプのことだよ」
「ああ、そういう……そうだね、背が高くて、眼鏡で、優しくて、好みのタイプぴったり……」
 あっ、と息を飲む。

 自分で口にして、初めて気が付いた。

 恭子は、渋い表情で私を見る。
「カズがもしかしてそうじゃないかって言ってたけど、まさか本当に忘れてたの?恋愛っていうものを忘れてたの?」

 恋愛。

 頭の中から、すっかり抜けていた。

 自分には縁がないと思い込んでいたから、その要素を全く考えていなかった。

「ちょっと、本当にそんなことあるの?」
「いや、あの……」

 さすがに恥ずかしい。
 もう28歳。いい大人なのに、なにを呑気にしていたんだろう。



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