ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
電車を降りて、2人で歩く。
いつものように、須藤君は私を送ってくれている。
でも、今日はなんだかドキドキする。
いたたまれなくて、そのドキドキをなんとかしたくて、改めてお礼を言った。
そうしたら。
「いえ、突然誘ったのに、OKもらえて嬉しかったです」
そんな嬉しいことを言って、須藤君は笑顔になった。
その笑顔が、やたらと眩しく感じて、目が離せなくなる。
思わず見とれてしまっていたら、須藤君の顔は、またはてなマークになった。
あっ、と思って目を伏せる。
もうやめなきゃ。須藤君を困らせてしまうだけだ。
気まずくて、言葉が続かない。
チラッと須藤君の様子を伺うと、須藤君も目をそらしている。
ああどうしよう、と思っているうちに、家の近くまで来てしまった。
と、須藤君が、急に足を止めた。
『チカンに注意!』
この看板は、昨日からここにある。
ポストにお知らせが入っていた。近所に不審者が出ているので、警察がパトロールを強化するというもの。でも、自衛もしっかりしてください、という注意喚起のお知らせだった。
それを説明すると、須藤君の顔色が変わった。
マンションの、いつものところに着いたので、送ってもらったお礼を言ったら、部屋の前まで送ると言い出した。
大袈裟だなあと思っていたら、真面目な顔で、このマンションのどこがどういう風に危ないかを説明してくれる。
確かに、須藤君の言う通りなんだけど。
ここまで来てもらって、更に部屋の前までなんて、やっぱり悪いなあと思っていたら、須藤君はもう中に入って私が来るのを待っていた。
前に、駅から送ってもらう時もこんな感じだった。「行きますよ」と言って、断る隙を与えてくれない。
その「行きますよ」に、男らしさを感じて、前は頼もしいなって思うだけだったけど、今日はドキドキしてしまってしょうがない。
顔がほてるのを感じる。
昨日、恭子に言われたことを思い出した。
『その、見とれちゃうのは、なんでなのよ』
『顔がほてったのは、なんでなのって話よ』
なんで……なんでだろ。
久しぶり過ぎて、忘れていた。
このドキドキは。
この気持ちは。
部屋の前で、鍵を出して。
私が部屋に入ったら、須藤君は帰ってしまう。
どうしよう。
もう少し一緒にいたいって、思ってしまっている。
躊躇していたら、須藤君が言った。
「本田さんが入って、鍵を閉めたら、俺は帰りますから」
須藤君は、やっぱり紳士だ。
だから安心できるし……ちょっぴり残念でもある。
でも、今それを伝えたら、また困らせてしまうに違いない。
私は、後ろ髪を引かれながら、部屋に入って、鍵を閉めた。
須藤君の足音が聞こえる。
エレベーターに乗って、行ってしまった。
息を吐いて、玄関に座り込む。
ドキドキがおさまらない。
ドアを閉める時に見えた須藤君の顔は、何かを言いたそうで、ぎこちなく笑っていた。
なんだかもう、どんな表情を見ても、可愛く見えてしまうし、同時にカッコ良く見えてしまう。
気分は舞い上がって、ついメッセージを送ってしまった。
多分まだ、すぐそこにいる。
でも、伝えたい。
ーーー今日は、部屋まで送ってくれてありがとう。おかげで安心できました。
ーーー良かったら、次の時も、よろしくお願いします。
次、また一緒に過ごしたい。
いつ『次』があるかわからないけど、その『次』の中に、私もいたい。
そう思って、メッセージを送った。
返事はすぐに返ってきた。
ーーーこちらこそよろしくお願いします。
ーーーまた明日。おやすみなさい。
須藤君らしい、シンプルな返事。
おやすみなさい、は須藤君の声で、頭の中で再生される。
浮かれてぽーっとしていたら、またメッセージが来た。
ーーー明日も、送らせてください。
見た瞬間、胸がギュッと痛くなった。
またドキドキがおさまらない。
落ち着け、私。
でも、嬉しい。
ーーーよろしくお願いします。
返事を返す。
明日も、送ってもらえるんだ。
一緒に、帰って来れるんだ。
ふわふわした気分で、その日はなかなか眠れなかった。