ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
14. 5月・2回目
隆春
4月半ばに新人が配属された。
久保田君という、新卒の男性だ。
整った顔。どこからどう見てもイケメン。
背は小田島さんと同じで、178センチくらい。スラッとしていて、大抵の服が似合いそうだ。
話し方もやわらかい印象で、笑顔を絶やさず、好青年とは彼のことである、と言われても頷ける。
もちろん女性社員には大人気で、わざわざ覗きに来る人は後を絶たなかったし、合コンのお誘いが格段に増えた。そういう誘いは一切断っている俺のところにまで話が来て、驚いたくらいだった。
そして、久保田君は、顔もいいけど性格もいいらしい。
新人歓迎会の幹事をしていた俺に、終わった後、わざわざ寄ってきてお礼を言ってくれた。
礼儀正しいし、歓迎会の間は、いろんな人に話しかけていて、隣のチームの人とも大分仲良くなったようだ。
教育係は西谷さんで、覚えもいいし、作業も早いし、問題ないよ、と言っていた。
なんの問題もなさそうな、むしろいい人材で良かったね、というような感じだったのに。
千波さんの反応は、芳しくない。
「あの本田さん」
久保田君に話しかけられて、千波さんはビクッとする。
明らかに、ではない。手がガチッと止まる。いつもの千波さんを見慣れているから気付く。そういう反応だ。
「はい、どうしたの?」
笑顔も、仮面の笑顔を貼り付けている。
だから、久保田君は気付かないようで、普通に話しかけている。
千波さんも、普通にしているように見えるけど。
そうして2週間近く経ち、大型連休に入る直前のこと。
「あれが、本田の『普通』」
小田島さんと休憩スペースで会って、そう言われた。
「今は、入ったばっかりだから、本田も意識しててあんな大人の対応してるけど、そのうち気がゆるんできたら、あからさまに警戒し出すから」
「はあ……」
そうなのか、と思っていたら。
「去年は全然あんなんじゃなかっただろ?」
「いや、自分ではよくわかりませんけど……」
小田島さんは、ニヤッと笑った。
「連休明けが楽しみだな」
小田島さんは、ひらひらと手を振って戻っていく。
入れ違いに、久保田君が入ってきた。
「お疲れ様です」
笑顔がさわやかだ。
「お疲れ様」
そうか、俺は愛想を振りまいていたつもりだったけど、全然足りなかったんだな、と思う。比べるのもおこがましいけど、このくらいさわやかにできていたら、もっとちゃんとごまかせて、だだ漏れとか言われなかったに違いない。
と、感心しながら残りのコーヒーを飲んでいると、久保田君が横に立った。
「須藤さん、中村さんて、いつもあんな感じなんですか?」
「あんなって?」
「なんか凄く冷たくあしらわれるんですけど……」
俺は思わず笑ってしまった。
「そうだね。あれは普通かな」
俺は敵認定されてるから『なんか冷たい』どころじゃないけど。
中村さんは、久保田君を「あいつ絶対ウラがある」と言って嫌っている。「顔が綺麗な男は信用できない」んだそうだ。何かトラウマでもあるんだろうか。
「あんまり気にしなくていいと思うよ」
「そうですか……。じゃあ、本田さんは?」
ドキッとした。
今のところ、千波さんは普通に見えてるはずなんだけど。
「……なんかあった?」
顔色を伺ってしまう。
久保田君は、何かが腑に落ちないといった感じだ。
「いえ、特に何もないんですけど。なんか凄く高い壁を感じるんですよ。僕、知らないうちに何かしちゃってるんでしょうか」
勘のいいヤツだな、と思った。
「本田さんは、もし何かがあればはっきりと言う人だから、言われてないなら気にしなくてもいいんじゃない?」
「そうですか……ならいいんですけど」
やっぱり腑に落ちない様子で、コーヒーを持って戻っていった。
次に来たのは千波さんだ。
俺はもうコーヒーを飲み終えていたから、戻ろうとして椅子を降りたところだった。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ……」
千波さんは、本当に疲れているみたいだ。
「なんか……大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと、忙しいからね。あと緊張しちゃって」
緊張は、久保田君のせいだろう。話した後は、いつも脱力しているから。
千波さんはため息を一つついて、切り替えるように顔を上げた。
「今日、私、残業になると思うけど、須藤君は?」
「俺もです。1時間くらいだと思いますけど」
「私もそのくらいかな。待たせたらごめんね」
「大丈夫です。俺の方こそなんで、お互い様ですよ」
にこっと笑って、千波さんはカフェオレを持つ。
あれから『チカンに注意!』の看板はまだ立ったまま。
俺は、それにかこつけて、毎日千波さんと一緒に帰っている。
心配なのももちろんだけど、少しでも多く、長く一緒にいたかった。
千波さんが中に入って、鍵をかけたら帰る。
家に着く頃に、千波さんからお礼のメッセージが入る。
顔のニヤニヤは止まらない。
昼間でもうっかり出てしまって、中村さんに「最近キモ過ぎなんですけど」と言われるくらいだ。
時々、夕食を食べたり、飲みに行ったり。
たわいもないことを話して、笑って。
真面目に仕事の話をすることもある。
なにより嬉しいのは、一緒に帰るのが当たり前になっていることだ。
約束をしたのは、あの次の日だけだった。
その後は、俺は当然のように千波さんを待っていたし、千波さんも何も言わずに待っていてくれるようになった。
さっきのように、その日の予定を打ち合わせて、お互いに手伝ったり、調整したり。
隣を歩く千波さんは可愛くて、部屋の前で鍵を開ける手を取って、抱きしめてしまいたくなる。
その度に、須藤君は紳士、と自分に言い聞かせる。
いつ、気持ちを伝えようか。
最近考えるのは、このことばかりだった。