ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
千波
パタン、と玄関のドアが閉まる。
呆けたまま、いつもの動きで鍵を閉める。
ドアの外で、足音が遠くなる。エレベーターの音がして、それも遠去かっていく。
その音も、愛おしい。
夢みたい。
須藤君が、私を好きだと言ってくれた。
『結婚してください』っていきなり言われたのには驚いたけど、彼の目は真剣だった。
真剣過ぎて、何も言えなくなってしまった。
なんとか「まだ付き合ってもないのに」としぼり出したら「じゃあ付き合ってください」と返ってきた。
赤くなって、でも真剣な彼の顔を見ていたら、私も気持ちを伝えたくなった。
私も、須藤君が好きだと言った。
抱きしめられて、私も抱きしめた。
須藤君の腕の中は心地良くて、ドキドキするのに安らぐ、不思議な感じ。
頬をなでられた手は優しくて、ずっとそのままでいたいと思った。
見上げたら、眼鏡の奥から、優しい、熱い目が私を見つめた。
どんどん近付いてきて、心臓がうるさくなる。
「いい、ですか?」
頷いて、目を閉じた。
唇に、やわらかい感触。最初は触れるだけだったのに、段々力強く求められる。
いつも優しい彼は、男の人なんだと改めて感じた。
身を任せていると、段々キスが深くなっていく。
漏れる息が荒くなって、これからどうなってしまうのかと、ちょっと怖くなって、彼の腕をぎゅっとつかんだ。
須藤君は、ハッと我に返った。
「あ、あの、すいません」
顔が赤くなっている。
「嬉しくて、つい……」
優しく抱き寄せられる。
「私も、嬉しい……」
そう言うと、須藤君ははあっとため息をついた。
「そんな可愛いこと言われたら、離したくなくなります」
「うん……」
離れたくないな。そう思っていたら、そっと体を離された。
「本当は一緒にいたいんですけど……明日もあるし、今日は帰ります」
名残惜しそうな表情で、私の頭をなでる。
淋しくなって見上げると、彼はニコッと笑って、ちゅっと軽くキスをした。
「そんな顔しないでください。帰れなくなります」
どんな顔だったんだろう。恥ずかしくなってうつむくと、声が降ってきた。
「可愛い」
そして、また抱き寄せられる。
ぎゅっと強く抱きしめられて、パッと離されたかと思うと、くるっと部屋のドアに向かされた。
「はい、鍵開けて」
言われるがまま、鍵を開ける。
後ろから彼の手が伸びてきて、ドアを開けた。
「入ってください。ドア閉めたら、鍵かけてくださいね、いつもの通り」
背中を押されて、中に入る。
振り向くと、閉まるドアの向こうで、須藤君が笑っていた。
「おやすみなさい。また明日」
そう言って、パタンとドアは閉まったのだった。
ずるい。最後の笑顔は反則。
今まで見た中で、1番眩しい笑顔だった。
思い出すと、むずむずして、いてもたってもいられず、1人で顔をほてらせてキャーとバタバタしてしまう。
だめだめ、落ち着け私。もういい年した大人なんだから。
でも落ち着かなくて、水を飲もうと冷蔵庫を開けた。
そういえば、夕飯食べてなかった。と思い出したけど、胸がいっぱいでお腹が空いてない。
とりあえずお風呂に入って、気持ちを落ち着かせよう。
バスタブにお湯を入れて、着替えの準備をする。
でも、ふとした瞬間に、須藤君の笑顔や、抱きしめられた感触、頬に触れた手、キスのことを思い出してしまう。
もう重症だ。
自分がこんな風になるなんて思わなかった。
恋愛なんて、忘れてたのに。
お風呂の前に、須藤君にメッセージを送る。
ーーーまた明日。って言えなかったから。
ーーーおやすみなさい。
返事はすぐに返ってきた。
ーーーゆっくり寝てください。おやすみなさい。
ゆっくりなんて寝られないよ!と突っ込みたかった。
だって、どうやっても思い出してしまう。
あれは、夢じゃなかったよね?
ふわふわした気分だったけど、気分だけで、ちゃんと須藤君はそこにいたよね?
思い出してはバタバタして、結局眠れたのは、夜が大分更けてからだった。