ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 電車を降りて改札を抜けたら、須藤君はさりげなく私の手を取った。
 彼の手は、大きくてあったかい。
 力は強くないけど、しっかりと握ってくれている。
 凄く、安心する。

 せっかくだし、夕ご飯を一緒に食べようということになり、駅近くのイタリアンレストランに入ることにした。
 ここはカジュアルなお店で、ランチもディナーも気取らない感じで、小さなお店はいつも満席だった。
 今日は時間が早めなこともあって、すぐに座れた。
 2人して、パスタのディナーセットを頼み、ワインで乾杯した。
「なんか……嬉しいです」
 須藤君が、照れくさそうに笑う。
 私も、笑顔を返す。
「私も」
 でも恥ずかしくて、目を伏せてしまう。
 そうだ、まず聞きたいことがあったんだ。
「須藤君」
「はい」
「あの、今朝言ってた、昨日の返事って……」
 須藤君は、周りをちょっと見回した。
 周りの人達は、おしゃべりに興じている。
 確認すると、少しだけ声のボリュームを落として言った。
「俺と、付き合ってください、の返事です」
「え?……あ……あの……」
「本田さんの気持ちは聞かせてもらったけど、そっちの返事もちゃんと聞きたくて。……駄目ですか?」
 須藤君は、まっすぐに私を見つめる。

 そんな風に見られたら、恥ずかしいとか、駄目とか、言えない。

 早くも、私は須藤君にやられているらしい。

「あの……はい。よろしくお願いします……」
 多分、顔は赤くなっていると思う。
 恥ずかしくて、まともには見られないけど、須藤君は嬉しそうに笑った。
 もう、笑顔が眩しくて、困る。
「じゃあ……彼女、ですね」
 そう言って、はにかんだ。
「……そ、そう、だ、ね……」
 恥ずかしい。とにかく恥ずかしい。
 じゃあ、須藤君は私の彼氏。
 やっぱり恥ずかしい。
 私の顔は、果てしなく熱くなっていった。

 食事をしながら、顔のほてりが収まった頃。
 ちょっと気になっていたことを言ってみた。
「あのね、敬語やめない?」
「え?」
「ですますをやめない?タメ口で構わないから」
 私が先輩で年上だってことは、やっぱり気になっている。だから、少しでも。
「本田さんがそうしたいなら、そうします。でも、会社でうっかり出そうで怖いな」
 須藤君は、にかっと笑う。

 ああもう。そんなに笑顔全開にしないで。心臓がもたないから。

「あの、あとね、会社の人達には……どうしたらいいかな、と思って」
 須藤君は目を丸くした。
「どうするもなにも、もうバレてるし、なにもしなくていいんじゃないですか?」
「え、どういうこと?」
「みんな知ってますから」
 そういえば、恭子が『須藤君の気持ちはみんな知ってる』って言ってたっけ。
「付き合うことになったっていうのは、聞かれたら言えばいいと思いますけど」
「そう……?」
 須藤君は、ちょっと眉を寄せた。
「久保田君が、本田さんと俺は付き合ってないって聞いてびっくりしてたくらいなんで」
「……え?」
「今年の新人達の間では、付き合ってることになってるらしいです。だから、そのままでいいと思います」
「……知らなかった……」
「大っぴらにいちゃいちゃしてなければいいんじゃないですかね」
「いっ……そ、そう……」
 いちゃいちゃなんて、してるつもりはないけど、ただ話してるだけでそう思われたりするから、厄介だったりする。
 ただ、基本的には仕事に支障がなければ、なにも言われないはずだ。
 今まで、社内恋愛をしてる人達がそうだったから。
「今まで通りで、須藤君はいいの?」
「いいもなにも、俺の方はだだ漏れって言われてるんで、今更です」
「だだ漏れって……」
「大分前から、いろんな人に言われてますから。最初は隠そうと思ったんですけど、うまく隠せなくて」
 苦笑している。
「あの須藤君、また、ですますになってる」
「あ」
 須藤君は、ごまかすように笑う。
 それも眩しくて、でも目が離せない。
「すいません、じゃなくて、えっと、ごめん?なさい?」
 簡単な言葉なのに、わからなくなってる彼が可愛い。
「私、恭子と美里ちゃんには報告したよ」
「俺は……小田島さんと久保田君に、報告した感じになってます」
「なにその曖昧な言い方」
 実は、と、昨日の昼休みのことを話してくれた。
「あ、それであの反応……」
 須藤君の仏頂面も、小田島さんのニヤニヤと久保田君の笑顔も、納得がいった。
「多分、西谷さんも俺達が帰った後に聞いてると思うんで、井上まで伝わるのも時間の問題だと思いま……思う」
「報告しないの?仲良しなのに」
「会ったら、言いますけど」
 男の人って、そういうのはわざわざ言わないものなのかな。
「多分、他に広まるのも早いと思うんで、もし何かあったら言ってくださ……ええっと……」
 思わず笑ってしまう。
「無理しなくていいよ。ただ、早めに慣れてほしいけど」
 須藤君が頷く。
「頑張りま……頑張る」
 可愛くて、笑ってしまった。
 須藤君は顔を赤くしてて、それも可愛かった。

 支払いは割り勘で。
 須藤君は、私の分も出したそうだった。
 でも、基本割り勘にしたい、と私が提案した。
 元々奢られるのは好きじゃない。上司とか親世代の人なら話は別だけど、彼氏に毎回お金を出させる気には到底なれない、という話をした。
「本田さんらしいですね」
 と、彼は笑っていた。



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