ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜



 店を出て、駅を通って、いつもの道を歩く。
 いつもと違うのは、手をつないでること。
 昨日と同じ、大きくて、あったかい手。
 ドキドキするのに、安心する。

 マンションに着いても、手は離さない。
 一度離そうとしたら、ぎゅっとつかまえられた。
 ドキドキしながら、空いている右手で自動ドアを開ける。昨日と同じく、エレベーターのボタンは須藤君が押してくれた。

 部屋の前に着いたら、昨日みたいに抱きしめられた。
「まだ夢みたい……」
 頭の上で呟きが聞こえる。
「夢じゃないよ」
 須藤君の背中に手を回す。ぎゅっと力を込めた。
「私、ちゃんとここにいる」
 そう言うと、須藤君はフッと笑った。
「そうだね」
 笑顔が近付いてくる。
 私は目を閉じた。
 唇が触れる直前、囁きが聞こえた。

「好きだよ」

 全身がしびれて、動けなくなる。
 頭の中もしびれて、何も考えられない。
 昨日みたいに、力強く求められる。
 キスは段々深くなって、私の体の力は入らなくなってきた。
 須藤君が、腰を支えてくれる。
「ごっごめん。大丈夫?」
 私は頷くのが精一杯だ。
 須藤君は、私をそっと抱きしめる。
「ごめんなさい。俺、やっぱり我慢できなくなっちゃうみたいだから、帰るから」
 私は、もう少し一緒にいたいと思う。
 言う代わりに、つかまっていた彼の腕を、ぎゅっと握った。
「そういうことすると、帰れなくなるよ」
 子どもをあやすように、抱きしめながら、頭をなでてくれる。
「明日出勤でしょ?夕飯、一緒に食べられる?」
 そう。明日の土曜日、私は客先の都合で休日出勤が決まっている。でも多分、定時には終わるはずだ。
 頷くと、彼はホッとしたように笑った。
「迎えに行くから、なに食べたいか決めといて」
 私も笑顔を返す。
「オムライス食べたい」
「ああ、あそこの?」
 前に、ハンバーグを食べた店だ。
「うん」
「じゃあ決まり」
 そう言うと、須藤君は昨日みたいにちゅっと軽くキスをして、くるっと私をドアに向かせた。
「はい、鍵開けて」
 鍵を開けると、後ろから手が伸びてきて、ドアノブにかかる。
 昨日はそのまま部屋に入らされた。
 今日は、後ろから彼の顔が近付いてきて、頬にちゅっとされた。
 驚いて彼の方を向くと、唇にちゅっとされる。
 照れくさそうに、彼は笑った。
「おやすみなさい。また明日」
 背中を押されて部屋に入る。
 振り向く間もなく、ドアはパタンと閉じた。

 一体、今、何が起こった?

 自慢じゃないけど、私は恋愛経験が少ない。
 女性扱いされるのも慣れてないのに、こんなに甘々にされるとは……。

 そのまま立ち尽くしていると、静かにドアをノックする音が聞こえた。
『本田さん、鍵閉めて。でないと帰れないよ』
 ドア越しに、須藤君の声が聞こえる。
「あっ、ごめんなさい!」
 本当は、ドアを開けて、彼に抱き付きたい。抱きしめてもらいたい。
 でも、明日出勤の私を気遣って、彼は我慢してくれてるんだから。
 私は、ゆっくり鍵を閉めた。
 足音が遠くなる。エレベーターの音も遠ざかっていく。

 淋しくなったけど、一緒にいたら、それはそれでいろいろ、いろいろ、あるのだ。

 私は、さっきの甘々な彼を思い出して、またバタバタしながら、寝支度をするのだった。




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