ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
「ねえ、ご飯作れば?」
「ご飯?」
恭子は頷く。
「ああ、作ってもらうっていうテもあるよね。またグラタン食べた〜いって千波が言えば、きっと張り切って作ってくれるよ」
「え……」
須藤君だって疲れてるんだから、そんなこと言えない。
「そしたら、どっちかの家に行くことになるでしょ?そのまま泊まっちゃえば」
「ああ……なるほど」
そういう雰囲気には、なりやすいよね。
とはいうものの。
ご飯作って、なんて甘えることもできないし、仕事は忙しいままで、この波が終わるのはもうちょっと先のことになりそうだったから、悩んでしまう。
自分の食べる物は作るけど、特に料理が得意な訳じゃない。一人暮らしの食事は適当がモットー。料理好きな須藤君に、出せるものなんだろうか。
でも、いずれ通らなきゃいけない道なのはわかってる。
そして、こっちの方も、いずれ通らなきゃいけない道だと思ってる。
でも、第一に、私自身が怖いのだ。
キスの先に進むことが。
キスは別れ際に毎日してくれる。
軽くで終わる時もあれば、力強く抱きしめられて深くなる時もある。
抱きしめられると、体が熱くなって、離れたくなくなる。
須藤君のキスは、優しくて、気持ち良くて、その先に進んだらどうなってしまうんだろうと思う。
でも、怖い。
前回の記憶が痛みしか無いから、行為に対する恐怖もある。
それから、怖がったり、うまくできない私に、がっかりされるかもしれないとも思う。
恭子は「絶対にそんなことはない。万が一、あの須藤君が、そんなことでがっかりするようなヤツなら、男はみんな信じられなくなる」と言う。
一番怖いのは、須藤君の隣で眠れなかったら、ということ。
もし、学生の時の元カレのように、須藤君も駄目だと思ってしまったら。
もう、今みたいに、須藤君の隣にいられなくなる。
その場所を、失いたくない。
そう思ったら、一歩を踏み出せなくなってしまう。
でも、須藤君が我慢してくれているのも感じる。
眼鏡の奥の優しい目は、キスをする時はいつも熱を帯びていて、吸い込まれてしまいそうだ。
深いキスの時は、食べられるんじゃないかと思うくらい求めてくる。
抱きしめられる時は力強くて、離してもらえないんじゃないかと、いつも思う。
どうしてかわからないけど、キスの先は我慢してくれているらしい。
それに甘えて、1ヶ月と少し、そのまま過ごしてきた。
平日は、一緒に帰って、送ってもらって。
ドアの前でキスをして。抱きしめ合って。
土曜日は、大抵出勤。私だけか、2人共。
夕飯を少しゆっくり食べて、その後は平日と同じ。
日曜日は、須藤君が「ゆっくり休んで」と言ってくれて、お互いに掃除や洗濯など家のことをする日にしている。
いいんだろうか、と思う。
私にとってはいいけれど、須藤君にとってはどうなんだろう。
どうして、キスの先を我慢しているんだろう。
悩んだ末に、ホワイトデーに須藤君にあげたワインの白の方を、実家から送ってもらうことにした。
これを理由にして、2人で会って。
とにかく聞いてみようと思った。