ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
ローテーブルの上に、所狭しと食べ物と飲み物が並んでいる。
千波さんは、ベッドを背に、テレビの正面。俺はテーブルの角を挟んだ隣に、キッチンを背にして座っている。
白ワインを開けて、ワイングラスが無いので、琉球ガラスのタンブラーにワインを注ぐ。千波さんが、お母さんと沖縄に旅行した時に買ったんだそうだ。
「じゃ、乾杯」
「お疲れ様でした」
タンブラーを軽く合わせて、ワインを飲む。
「おいしい」
そう言うと、千波さんはにこっと笑った。
「良かった。カルボナーラ、おいしそう。もしかして、これもおばあちゃんが好きだったの?」
「そうです」
「クリーム系が好きだったんだね。おばあちゃんに感謝しなくちゃ」
「感謝?」
「そう。おばあちゃんが好きだったから、おいしく作れるようになったんだもんね」
千波さんは、そう言ってにこっと笑った。
ああ、かぶりつきたい。
須藤君は紳士、と衝動を抑えていると、千波さんが言う。
「そういえば、何かお願いがあったんだよね?」
俺は頷く。
付き合い出してから、いつ言おうか迷っていたことだった。
「なに?」
「んー……」
ワインを一口飲む。飲みながら、千波さんの顔色を伺う。
重いって思われないかな、と思いながら、言うことにした。
「あのさ、呼び方、なんだけど」
「……呼び方」
俺は頷く。
「須藤君、て、会社で呼ばれるのはいいんだけどさ」
千波さんは、じっと俺の話を聞いている。
「もう付き合ってるんだから、名前呼んでほしいんだけど」
うわ、顔が熱くなってきた。なんで、このくらいで恥ずかしくなってるんだ。
「須藤君だって、私のこと『本田さん』て呼ぶじゃない」
この返しは想定内だ。だから、すかさず言った。
「千波さん」
そう呼んだら、目が丸くなった。千波さんの顔がみるみる赤くなっていく。可愛い。その赤くなっていくほっぺたがおいしそうだ。
「俺、頭の中ではずっとそう呼んでた」
やたらと恥ずかしくて、笑ってごまかしてみる。
千波さんは、顔を赤くしたままうつむいて、小さな声を出した。
「た、隆春、くん……」
みぞおちのあたりが、ぎゅうっとしめつけられる。
これは……予想よりも、凄くいい。
顔がニヤけてしまう。
でも俺は、千波さんに、是非呼んでほしい呼び方が他にあるのだ。
「それもいいんだけどさ。違う呼び方があって、そっちの方がいいな」
「違う呼び方?」
俺は頷いた。
「『はるちゃん』て」
「は……」
千波さんが固まった。引いちゃったかな。
俺はちょっと焦って説明する。
「ばあちゃんがそう呼んでたんだ。ウチさ、父親は隆之で、弟は隆明、叔父さんは隆徳だし、たかが付く人いっぱいで。ばあちゃんは下の方で呼んでたの」
千波さんは、真剣に聞いてくれている。
「『はるちゃん』て呼ぶのはばあちゃんだけで、今は誰もいないから、千波さんが良かったらそう呼んでほしい」
「え、でも……」
千波さんは、眉根を寄せて、考え込んでしまった。
嫌、かな。
特別な人にはそう呼んでほしいって思ってたんだけど。
「嫌?」
千波さんの本心を知りたくて、顔を覗いてみる。
千波さんは、まっすぐに俺を見た。
「嫌とかじゃないんだけど……そんな特別な呼び方、いただいていいのかなって思って……」
この人は、なんて可愛いことを言うんだ。
もう理性がもたないかも。
俺は、自分もごまかすために、精一杯笑った。
「千波さんだから、特別だよ」
千波さんは、まだ不安そうだ。
「おばあちゃん、許してくれるかな」
「大丈夫。ばあちゃんなら、いいよって言ってくれるよ」
そう。ばあちゃんなら、きっと喜んでくれる。
「じゃあ……」
千波さんは、1度息を吐いて、パッと顔を上げた。
「は……はるちゃん」
頭の中が、真っ白になった。
全身が、真ん中に向かって、ぎゅっと締め付けられるみたいだ。