ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 気が付いたら、千波さんがいなかった。
 終業時間も過ぎていて、周りもぽつぽつとしか人がいない。
 ウチのチームも残っているのは俺と久保田だけだった。
 スマホを見たら、千波さんからメッセージが来ていた。

 ーーー休憩スペースで待ってます

 待っててくれてる。
 あんな態度で、ろくにフォローもしなかった俺を、待っててくれてるんだ。

 あと10分で終わる、というメッセージを返して、猛スピードで仕事を進めた。

 早く、千波さんに会いたい。
 顔が見たい。声が聞きたい。

 パソコンをシャットダウンして、帰り支度をする。
 後はもう出るだけになったところで、久保田と目が合った。
「お疲れ様でした」
 いつもの腹黒笑顔で久保田が言う。
「さっきの、忘れないでくださいね」
「お前が忘れろ」
「言うなあ、須藤さん」
「帰る」
「あ、本田さんなら休憩スペースに」
「知ってる」
 俺は、早歩きで向かった。


 愛しい人は、そこにいた。
 今すぐに抱きしめたい。キスしたい。
 でもここは会社だと、欲望は抑え込んだ。
 なるべくいつも通りに振る舞って、家に着いた。

 家に入ったら、もう我慢できなかった。
 靴も脱がずに抱きしめる。
 千波さんは、黙って背中をなでてくれた。
 何も聞かずに、多分俺から話すのを待っててくれている。
 俺は、千波さんに甘えた。
 話ができたのは、食事の後、片付けが終わって落ち着いた時だった。

 自分の気持ちは正直に話した。
 久保田のことはごまかしながら、軽くして、話した。ありのまま伝えたら、千波さんが困ってしまうから。
 狙い通り、俺の気のせいじゃないかって言っていた。久保田が自分のことを本気で好きだなんて、全く思っていない。俺が心配症なだけだと思っているらしい。
 気のせいじゃないから警戒してくれ、と言いたかったけど、言わなかった。
 多分、久保田は千波さんには何もしないし、何も言わない。
 千波さんの困った顔は、見たくないだろうから。



 千波さんは、俺の不安を受け取って、解消しようとしてくれた。

 『どこにも行かない』
 その言葉が、もの凄く嬉しかった。

 『私だけの、はるちゃん』
 それを聞いたら、頭の中が真っ白になった。

 夢中で千波さんを抱いた。
 こんなに、誰かを求めることがあるなんて、思わなかった。
 本当に、できることなら閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくない。
 可愛くて、愛しい、俺の恋人。

 気が付いたら、千波さんが俺の腕の中でくたっとしていた。
 慌てたけど、ただ眠っているだけらしいということがわかって、ホッとした。
 スポーツドリンクを口移しで飲ませる。眠ってるけど、口に入ったらごくんと飲んでくれた。
 汗をかいていたので、お湯で絞ったタオルで千波さんの体を拭く。
 千波さんは何をしても起きない。

 眠っている彼女は可愛くて。
 そんなに無理をさせたのかと思うと申し訳なくて、でも可愛くて。

 同じことは繰り返したくない。
 何か、いい方法はないか。

 考えながら、千波さんを抱きしめて、眠った。



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