転生悪役幼女は最恐パパの愛娘になりました
「サマラ様、寝ちゃいましたね」
アリセルト邸へ帰る馬車の中で、コクリコクリと舟を漕ぐサマラを見てカレオが言った。
「……まったく。緊張感のないやつだ」
口では腐しながらも、ディーは隣に座るサマラの体を自分の方に抱き寄せた。凭れかかって安心したのか、サマラはスヤスヤと深い寝息をたて始める。
「お疲れだったんでしょうね。今日は色々なことがありましたから」
そう話すカレオの顔にも、少し疲れが滲んでいる。その頬にはサマラを守って戦ったときの傷が残っていた。
「……今日はすまなかったな。ヤドリギの精から騒動があると聞いていたのに、予想よりやっかいだった。まさか悪辣な魔法使いがいるとはな。キンギョソウの加護だけでは追いつかなかった。お前がいてくれてよかった、感謝する」
神妙に礼を告げたディーに、カレオは慌てて手をブンブンと振った。
「そんな! とんでもありませんよ! 俺がサマラ様を危ない目に遭わせてしまったことに変わりはありません。……本当に無事でよかったです。この可愛い顔に傷でも残ったら、俺は死んでも詫びきれなかったですよ」
切なげに目を細めて、カレオは眠るサマラに手を伸ばす。そしてふっくらした頬を指でつついてから、「ははっ、ツルツルのプニプニですね」と笑った。
「……大丈夫だ。万が一傷がついても、俺の作った薬があれば綺麗に治してやれる。もしそれで駄目だとしても、治るまで俺が生涯をかけて薬を作り続けてやる。必ず」
サマラを見つめるディーの瞳が夕陽を映し、琥珀色を宿す。その眼差しはひたすらに柔らかい。
優しい沈黙が続いたあと、ふいにディーは向かいの席のカレオに視線を移し明るい声で言った。
「お前のその傷もだ。屋敷についたらたっぷり軟膏を塗ってやる。一瞬で治るぞ」
「え! 閣下の軟膏ってアレでしょ、あのくさーい薬草がいっぱい入ってるやつ……」
「文句を言うな。世界一の傷薬だぞ」
「わーありがたいなあ……」
旧友との会話に、ディーが飾らない笑みを浮かべる。
和やかな雰囲気の馬車は秋の夕暮れに車体を黄金色に輝かせ、幸福な夢を見て眠るサマラを、妖精たちが待つ屋敷へと運んだ。