新人ちゃんとリーダーさん
あとはお前の、気持ちひとつだ。
口には出さず、良い返答を期待して見つめれば、何故か九頭見は呆けた顔をしていた。
いや嘘だろ。ここまでして、ここまで言っても、分かんねぇのか?
そう思ったのもつかの間、すぐに俺の言葉の意味を汲み取ったのか、はっとしたあと、九頭見は視線を伏せてうろうろとさ迷わせ始める。漂う沈黙。しかし言葉にされなくとも、こいつが酷く困惑しているのは一目瞭然だった。
まぁ、そりゃそうか。
手を繋いでも嫌がらなかったり、家に上がったり、酔って吐いた言葉だとしても「鬼頭さんの方が」だとか「本気で」だとか、節々で感じる九頭見からの好意はおそらく本物だろう。自惚れてぇ気持ちがあるのかもしれねぇけど、俺らは互いを想ってる。とはいえ、だ。当人達の気持ちがどうであれ、例えそれが世間一般で言う両想いっつうもんだとしても、九頭見には付き合っている奴がいるわけで、やってる事は浮気でしかねぇ。躊躇うのも頷ける。
けど、悪ぃな九頭見。俺はこの機会を逃すつもりなんて、さらさらねぇんだ。
「…………結愛、」
「っ、え、あ、なななま、え、」
「……結愛」
「っは、い、」
「……嫌、か……?」
辛そうに、悲しそうに、苦しそうに、切なそうに、寂しそうに。そして、縋るように。
家に連れ込む手段としても使ったそれを再度使うのは稚拙かとも思ったけれど、お人好しな上にあまり人を疑わねぇこいつならきっとまた、同じように引っ掛かるのだろう。
「あ、う、」
彷徨いていた視線がぴたりと止まり、小さくて赤い、常に食べ頃な唇から母音が漏れる。
酒で赤くなった頬の隣に在る、頬よりも赤い耳を舐めてぇ。
「……い、や、じゃ、ない……です……けど、私、」
「……けど?」
「……う、あ、え、と、こういうの、」
「ん」
「はっ、初めて、で、あの、」
拒絶はされなかった。それでも、男がいるから駄目だ何だと堂々巡りの思考を吐き出されるのかと思いきや、予想外の言葉に、ひゅ、と息を飲む。
「は?」
今、何つった?
初めて?
いやお前、男と、シたことねぇんか。
「め、んどう、ですよ、ね……あの、」
「んな事ねぇ」
「……あ、う、」
いい。全然いい。
俺がお前の、最初で、最後の男って事だろ。
最高じゃねぇか。
「かぁいいな、お前」
ちゅ、と額に口付けて「あう」だの「うあ」だの母音のみで鳴き続けでいる子羊をゆっくりとソファに沈めた。