新人ちゃんとリーダーさん
わざわざ家に送ってまで釘を刺されなくとも、昨夜の事は一夜の過ちであると私はきちんと理解している。とはいえ、一度こうすると決めた鬼頭さんは頑として譲らないし、タクシーで帰るつもりだったからタクシー代の事を考えると送ってもらえるのはすごくありがたいし、何よりまだ一緒に居られる事が嬉しい。という九割ほど下心で形成された理由から、断る事はせず、洗面所を借りて洗顔だとか歯磨きだとかの身支度を整えたあと、大人しく鬼頭さんに車で送られた私は、玄関の前で家の鍵を握りしめたままダラダラと冷や汗を流していた。
「……あの、」
「開けろ」
「いや、でも、あの、送ってくれた事は感謝してます……けど、」
「開けろ」
車から降りて、お礼を述べたまでは良かった。そのまま走り去るだろうと思っていた鬼頭さんがエンジンを止めて降車したのもまだ、玄関に入るまで見ててくれるのかな?と謎ではあるが行動に一応説明はついた。何を隠そう、彼は【エスコート】の達人なのだから。
問題はそう、「家に入れろ」と、「鍵を開けろ」と、「いやさすがにそれは」と苦笑いをしながらやんわり拒否の意を表明したのだけれど、全く聞き入れてくれないどころか急に駄々っ子へと変化した鬼頭さんだ。
「っ、あの、鬼頭さん、今日は……えと、あの、ごっ、後日じゃ、駄目……ですか……?」
「却下」
「……いやでも、ですね、あの、」
参ったな。
鬼頭さんが家に上がる。それ自体には何も問題はない。ハリーさんの事も、鬼頭さんが可愛い可愛いと騒ぐ姿なんて想像すら難しいので知られてもきっと大丈夫だろう。けど、駄目だ。今日は、駄目だ。脱ぎ散らかされたブーティやヒール、ソファの背もたれにかけられたままのカーディガンや薄手のパーカー、ベッドの上に散らばるワンピースやジーンズ、開けっ放しの押し入れの下段で転がっているバック達。デートではないなどと言いながら、浮かれて一人ファッションショーを繰り広げた結果生まれたこの扉の向こう側に広がる惨状は、絶対に見られたくない。
否、見られてはいけない。絶対に。
「いいから、開けろ」
しかしそれ以上に、夜中に玄関先で押し問答しているという現状が想像以上に私のメンタルをごりごりと削る。