新人ちゃんとリーダーさん
襖から私へ。視線と共に移動する鬼頭さんの目が、音もなく細められた。
「……っえ、まっ、」
かと思えば、彼は立ち上がり、寸分の迷いもなく襖へと近付き、右側のそれを、すぱぁあん!と勢い良く開けた。
ひょえっ!と声を出して驚くくらいには、本当に、比喩ではなく、すぱぁあん!と音が鳴ったので、防音対策に定評のあるアパートだけれどお隣さんからの苦情がちょっぴり怖い。しかしそんな事は気にしない精神なのか、騒音の元である鬼頭さんはみしりとラグを踏みしめ、きょろりと寝室を見回した。
ああ、見られた。ならばもう隠すものもないからと、床に散らばった服達と、ベッドを占拠している服達をさささっと回収して押し入れへ叩きつける勢いで投げ入れる。ついでに押し入れから少しだけはみ出ていたバックは私の右足で蹴り入れた。
「すみません鬼頭さん。ベッドの上に座っててもらってもいいですか」
もう、猫を被っても意味なんてない。いや元から意味も勝機もワンチャンさえもなかったけれど。
押し入れとリビングに繋がる襖をそっと静かに閉め、ベッド下の収納からハリーさんの砂場兼トイレと回し車を出して、手際良くいつもの位置にセット。腑に落ちない、そして何か言いたげで、けれど言い出せない、みたいな複雑な表情を張り付けたままベッドに腰掛けた鬼頭さんを確認してから、視線をハリーさんのお家へと向けた。
お気に入りの毛布の端から、ぴょこりと鼻先だけを出して、ひくひくとひくつかせている。何だろうか、この可愛い生き物は。いつもの時間になっても散歩タイムにならなかったから拗ねているのかな。ごめんね、ハリーさん。
留め具を回して、お家の扉を開く。おいでおいでと声をかける代わりに、こつ、こつ、と開いた扉を人差し指で叩けば、のそりと毛布からハリーさんが出てきた。
すんすんと指先の匂いを嗅がれたところでお腹の下を掬うようにして、手のひらへと乗せる。
そっと、優しく。落とすなんて言語道断。砂場兼トイレでもあるそこへ降ろせば、ころころと砂に埋もれ戯れを始めた。ああ、可愛い、癒される。
は!そうだムービーを!
「っひ」
私とした事が!と携帯を求めて振り返ると、それまで複雑な表情だった鬼頭さんの端正なお顔が悪鬼が如く歪められていて、思わず悲鳴が口内でころりと転がる。
「……おい」
追い討ちとばかりに、腹の底から吐き出したような低い声が聞こえた。