新人ちゃんとリーダーさん

「……なぁ、何か、あったのか?」

 ちゅるっ、と蕎麦つゆからそれを掬い上げたあと、もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ鬼頭(きとう)さ……お、桜雅(おうが)くんは、(いぶか)しげに私を見ながらそう言葉をこぼした。
 ちゅるり。同じように蕎麦つゆから掬い上げて、もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んだあと、「いえ、大丈夫です」とふるふる左右に顔をふるも、「言え」と間髪入れず命じられてしまう。
 はぁ。
 意図せずもれたため息に、目の前の彼が何を思ったのか。ほんの少しでいいからそれを考える余裕が私にあればよかったのだけれど、残念ながら今はどこかへ逃げ出していたらしい。

「結愛」

 出会った当初はよく聞いていた、最近は滅多に聞くことのない低音が私の名前を撫でた。
 ちらり、視線だけを動かしてその方向を見やれば、テーブルに肘をつき、手の甲に顎を乗せ、眉と眉の間にそれはそれは深いシワを刻んだ、なのに格好いいきと……桜雅くんがいて、ひえっ、と喉が鳴く。

「悩みあんなら、言え」

 悩み、ではない。ただ、祖父の話に気が進まないとうか、何というか。とはいえ、もう約束をしてしまっている。四日前、祖父からの突飛な電話があった翌日に、相手方から連絡があった。週末にしか時間が取れないと言われたから週末に会うことにしたのだけれど、その約束の日は明日だ。時間が進むたびに、約束の日に近付くたびに、気が重くなる。
 そんな今の心情をき……桜雅くんは言えというけれど、言っていいものなのだろうか。
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