新人ちゃんとリーダーさん

 結愛のものでもねぇ、かといって己のものでもねぇ、男物だと分かるそれにひくりと口端がひきつる。
 匂いが移るほどに、ずっと、近くにいたのか。
 それに気付かないくらい、嗅覚が麻痺するくらい、ずっと一緒にいたのか。
 ずっと。一緒に。
 そう思ったら、もうダメだった。

「……帰る」

 監禁。
 物騒な字面が頭の中に浮かんで、このままじゃシャレになんねぇことをしちまうな、と己の手の中に閉じ込めていた小さな手を離した。
 くるりと(きびす)して、来た道を戻る。後ろで可愛いらしい声が己の名前を呼んでいたけれど、歩みは止まらなかった。否、止められなかった。
 止めて、今一度彼女に向き合ったとて、己の思考はどろどろで歪みきった汚いもので、己の口からも同様にどろどろの歪みきった汚い言葉しか出てこねぇだろうから。
 現在地さえ分からぬまま、けれど、来た道を戻るという単純な行為しか必要としねぇからか、段々と視界は見慣れた風景に変わりつつある。

「っ、待って」
「っ」

 確か、ここを曲がれば。
 分岐点へと差しかかり、頭の中で地図を広げれば、たかたかと走ってきた結愛が俺の前に立ち、進路を塞ぐ。
 控えめに広げられた両手。その気になれば容易く横を通り抜けれてしまうけれど、追い縋られているような気分を味わえているせいか、ここでようやく足が止まる。

「……ごめんなさい、桜雅くん、もう……もう、しない、ので……お、怒らない、で、」

 ぐす、ぐすり。
 頬を伝うそれに、震えた声。
 端から見れば、ただの痴話喧嘩。もしくはそれに類するものに見えているのだろ。(ゆえ)に、ちらちら、ちくちく、またしても無遠慮に向けられる数多(あまた)の好奇な眼差し。

「……きっ、嫌わ……っ、ないで、」

 普段、周りの目を気にする結愛が形振(なりふ)り構ってねぇ姿は、優越感ってやつを持たせてくれた。
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