新人ちゃんとリーダーさん
吸い込まれるようにそこへ乗れば、「閉めるぞ」の一言を合図にゆっくりと閉じられる助手席側のドア。後方から回り込み、運転席に乗り込んできた鬼頭さんは、「シートベルト」と呟いて、私の頭をぺしっと軽く叩いた。全く痛くない。
「は、はいっ」
あな恐ろし【エスコート】。世の女性達はこれを平気で受け流すのか。というよりも男性はこうする事が、女性はそれを享受するのが世の中の普通なのだろう。
超が付く過保護な父のおかげでというべきか、せいでというべきか、父や祖父以外の男性と二人きりでどこかに出掛けるのは今日が初めてだ。故に普通がよく分からない。漫画やドラマ、友達からの又聞きの知識しかないけれど、「男は狼だ」とどこかで聞いた事があるようなセリフを口癖のように言っている父に刷り込まれた知識よりはこちらの方が正しく普通なのだろうとは思っている。
「ここから二十分くらいかかる」
「あ、はい。分かりました」
「……」
「……」
「…………コンビニ」
「え、あ、コンビニ……えと、それなら、このパーキングを右に出て最初の信号を」
「違ぇ」
「え」
「……コンビニとか、寄りてぇなら寄るから言え」
「……あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「ん」
気を、使わせてしまった!
いや、これもまた【エスコート】の内なのだろうか。
美丈夫な上に【エスコート】も完璧。それに加えて、バイト先で接客の際には笑顔も浮かべるし暴言も吐かないし当然殴る蹴るもないから、常連客の八割が鬼頭さん目当ての美女揃いなのも頷ける。好きになるなって言う方が無理だ。惚れるっつうの、ちくしょう。
だけど、そう。忘れてはいけない。鬼頭さんには好きな人がいる。初恋を自覚した瞬間に失恋決定だとか本当に笑えないけれど、好きなものは好きなんだ。仕方ない。
「あの、ところで、どこに行くんですか?いつもの居酒屋さんじゃない、ですよね?」
気合いを入れ直している間に既に発進していた車。乗り心地が無駄に良いせいでその事実に気付くのが遅れたけれど、口頭で告げられた所要時間的にも、車窓から見える景色的にも、やはり週一ご飯の会場とされてしまっている馴染みの居酒屋さんは違うようだ。
はて、ならばどこだろうかとハンドルを握る鬼頭さんにちらりと視線を向けて疑問を吐き出せば、視線はフロントガラスの向こう側に固定したまま、鬼頭さんは緩く口端を上げた。
「内緒」
っはあぁああ!ちくしょう!やっぱり格好いい!