新人ちゃんとリーダーさん
二十分なんて、あっという間だろうと思ったいたのだけれど、全くそんな事はなかった。
そもそも鬼頭さんは必要な会話以外あまり自分から話したりする人ではない。普段は私や他のスタッフさん達が話し掛けてそれに応答する形の会話ばかりだったから当然車内では私が喋らなければ沈黙が蔓延るわけだけれど、緊張のあまり話題が思い付かず、私はただただフロントガラス越しの景色を見ていた。
そんな、お通夜かよとツッコミたくなる空気の時に限ってやたらと赤信号には捕まるもので、車が左折し、地下にある駐車場へと入って行き、そこの内の一区画に停められるまでに要した時間は何と五十二分。カーナビの右上に記されている時計を見ていたから時間に間違いはない。予定より三十分以上も多く要した事に苛立ちが募っているのだろう。シートベルトを外して車から降りようとしている鬼頭さんを横目でちらりと見れば、その端正なお顔は不機嫌ですと言わんばかりにしかめられていた。
「着いたぞ、降りろ」
乗車の時と同じように助手席側のドアを開き、す、と差し出された大きな手。ハリウッド俳優が共演したハリウッド女優さんにそうしている場面はテレビでよく流れていたから、ああこれも【エスコート】なのかと、この人はどこまで完璧なのだろうかと、今にも飛び出してしまいそうな羞恥心を押さえ込んで、そっとその手に触れた。
「こっち」
「っ、あ、はい」
明かりはあるけれど、やはり地下だからか足元も気遣われたのだろう。乗せただけだった手を繋ぐ形に握り直し、そのまま目的の方向へと誘導してくれる鬼頭さん。手を引かれながら半歩後ろを付いていくと、エレベーターにたどり着く。
上を描いた矢印をかちりと押す人差し指にさえ、目眩がしそうだ。当然とばかりに訪れた沈黙のせいで思考をあらぬ方へと飛ばしていれば、十秒足らずで到着したエレベーターに押し込まれる。
パネルを見やれば、地下は三階分、地上部分は三十五階まであるらしい。かちりとまた、目眩を誘発する人差し指が【28】を押した。
どうやら目的地は二十八階にあるようだ。ほほう、なるほどなるほど、と無口な鬼頭さんの思考を読んだつもりになった瞬間、不意に違和感を覚えた。
「…………あの、鬼頭さん、」
「ん」
「ここ、って、あの、テナントが入ってるビルか何かですよ、ね?」
「いや?違ぇけど」
数字パネルの横に、普通ならばあってしかるべきテナント名や社名がひとつもない。