偽婚約者の恋心~恋人のフリが本気で溺愛されています~
出会い
私は後悔にさいなまれ、溜め息をついて腕時計を見た。
8時35分か。始業まであと25分。
いつも30分前には支店に着くように出勤しているので、まだ時間はある。10分ほどこのまま休んでからまた動こう。そう思って顔を伏せた瞬間、横から今度は男性の声で

「立てますか?」

と聞かれた。
私ははっとして、声をかけてくれた主を見ると、そこには、切れ長の目の端整な顔立ちでモデル並みのスタイル、私が今まで見てきた一般人では群を抜いて素敵な男性が!スーツ姿が美しく、出来る男オーラが溢れていた。
彼のキリッと整った美しい顔に思わず見とれてしまい、返答を忘れてしまっていると、

「失礼しますね。」

と、彼はそう言って私の両肩を、逞しい両腕でがっちりと支え、軽々と上に引き上げた。

「ここは危ないので、移動しましょう。」

と言って、私を支えながら、一緒に階段を上り、上り切ったところにある5階の休憩スペースまで向かう。
生まれてこの方、これほどまでに男性と接近したことがない私は、階段を上がる途中、身体に密着している彼の胸板に意識が集中してしまい、気分の悪さも忘れ、加速する鼓動にどうしていいか分からなくなっていた。

このドキドキは、俗に言う一目惚れという感覚なのだろうか?それとも単に男性経験のない私が、初めてこの距離感で接した事から来る驚き、もしくは緊張からのものなのか?心なしか身体も熱くなってきた。

私は自分の鼓動の早さや熱の理由の答えを見出すことが出来ず、ただ無言で階段を上がった。
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