嘘吐きな王子様は苦くて甘い
第五章「幸せの近道」
「…」

旭君が、私の部屋にいる。これは夢では、ありません。

私が一方的に泣いて怒って帰っちゃった日から数日、旭君は何度も電話をくれた。でもどうしても話す勇気が出なくて、一回も通話ボタンに指が伸びなくて。

そしたら今日、旭君がウチにやってきて。お母さんは喜んで、私に聞かずに部屋に通してしまった。

旭君、今までもお裾分けとか回覧板とかそういうのはよく持ってきてくれてたけど、それは玄関先でのこと。

こんな風に部屋に上がるなんて、多分小学校二、三年生以来な気がする。

この間みたいに旭君の部屋に行くのもドキドキしたけど、自分の部屋に旭君がいるっていう状況の方が何倍にも増してドキドしてる。

ましてや、全然予想してなかったことだし。

「あ、あの」

「ん」

「の、飲み物…それで大丈夫?」

旭君の目の前には、さっき持ってきたアイスコーヒー。旭君はミルクは入れないけど、シロップは好きだから横に二つ置いてある。

「炭酸とかじゃなくていい?」

「…」

「あ…」

言った後思い出して、カッと顔が熱くなる。バカ、完全に墓穴掘っちゃったじゃん私…

「いい、これで」

意外にも、旭君はからかってこない。

「そ、そっか」

いつも無表情だけど、今日は特に表情が読めない。

その様子を見てれば、いやでも旭君が今からさ言おうとしてることが分かってしまって、涙が準備万端とばかりに目尻に滲む。

ダメだ、今日は絶対泣かないようにしなくちゃ。







「あのさ」

旭君が珍しく言いにくそうに口籠る。

「うん…」

「…」

「旭君?」

「いや…」

旭君は口元を押さえたまま、黙ってしまった。

言いにくそうだな…まぁ、そりゃそうだよね。

「あ、あの…旭君」

「ん」

「私のことは、気にしなくていいからね?」

「は?」

「旭君優しいから、色々気遣ってくれてるんだろうけど。私は…」

「優しくない」

旭君はキッパリ言い切ると、少しだけ辛そうな顔で私を見つめた。

「俺は、ただ…」

「…」

「…何でもね」

「そっか」

旭君は黙ってしまって、私もそれ以上自分から続きを促す気にはなれなかった。泣くのを我慢するので、精一杯だったから。

小さい頃から、旭君のことはよく知ってるつもりだった。

でも最近、旭君の考えてることがちっとも分からない。
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