黒翼の淡恋
「名は、なんと言う?」


「・・・」


静かに感情のない声で男は言った。

が、彼女はすぐに視線を逸らした。

男の目が余りにも鋭く、睨んでいるようにさえ見えたからだ。

恐怖で目を合わせることなど出来なかった。


「・・・もう一度聞く。名は、なんと言う?」


「・・・」


カタカタと体が小刻みに震える。

涙も自然と溢れてくる。

ただただ、目の前にいる男達全員が怖かった。


「口がきけないのか?」


ビクッ。

その言葉の裏に隠された怒りの感情が彼女の体を跳ねさせた。

ぶんぶんと思わず首を横に振った。


「では言え」


「・・・うんです」


「聞こえない」


「思い出せない・・」


「・・・?」


「全部・・わからない・・」


男たちは下げすんだ眼で彼女を覗き込んだ。

そんな話は通用しないと言わんばかりに睨んできた。


「自分が誰なのか、どうしてここにいるのか・・全部・・わからない」


彼女がそう言うと男が立ち上がった。


「調べろ」
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