夢の中だけでも、その温度に触れたい。
「あと何本吸えば気が済むの?」

呆れたような声に、煙を吐き出すのを躊躇した。

「……頭、痛い」
「煙草なんてそう連続で吸うものでもないと思うんだけど。ヤニクラして当然」


いわゆる毒と言われる煙草の成分たちに蝕まれて、私の脳はクラクラと機能することを怠っている。


「立って」
「ごめん。ちょっと、今は……」
「仕方がないやつだな」


その証拠に口先だけは動いても、 目の前の彼の腕に支えられていないと立てないくらいには、微力さえも働かないほどに力が抜けきってしまっていた。


「辞めなよ、こういうの」
「……蓮太郎さんは、厨房で、料理に火が通る合間に何本も吸いきるの。一度に沢山吸っても平然と立ってて、だから……早くそれになりたい……」


居酒屋の厨房のバイトを辞めて一年。バイト先で出会った蓮太郎さんを想い始めて二年。彼を自分に重ねることに強要をし始めて約三ヶ月。


好きな人との記憶は増えることはなく減ってしまうばかりで、それに焦った私は執拗にその人の全部を真似ている。


私服だって随分とメンズ物が増えた。

貴方が持っていればいいなって、蓮太郎さんの好みそうな自分の趣味じゃないジャケットも、もう何枚もある。


蓮太郎さんが使っていたライターは何年も前に煙草のおまけに付いてきたものだったから、フリマショップで同じものを見つけて購入をした。

素手でエサをつけることが出来ないほどには初心者であるけれど、釣竿だって所有した。


「無駄なことだよ」
「分かってるよ」
「何も、分かってないよ」
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