独占欲強めな副社長は、政略結婚で高嶺の花を娶りたい
すれ違い
足早に職場へと向かう道で、回想しながら心の中でジタバタと転げ回る。
文字通り海斗さんの腕の中で眠っていて、目が覚めた途端に絶叫しなかっただけ偉いと思う。
人間、本当に驚いたときは声が出ないと知った。
すぐ近くにある顔に緊張しつつも、しばし見惚れてしまった。まつ毛は嫉妬するほどに長く、閉じられたまぶたから鼻のライン。
美しいって正義かもしれない。
身も蓋もない感想を浮かべ、少しだけ冷静になり、甘い鳥籠から気づかれないようにそっと抜け出す。
ホッと息をついたあと、人生経験の足りない私では対処する術はなく、まだ眠っていた海斗さんに黙ってマンションから逃げ出した。
自分で海斗さんの元で暮らすと覚悟したにも関わらず、これでは現実逃避だ。かろうじてテーブルに、メモ書きを残して来たけれど。
前職の事務と違い、休みは平日。土日は昨日のように、休みを取らない限りは出勤だ。
「すれ違いだなあ」
つい本音が漏れ、頭を振る。
嫌われるように、嫌いになれるように近くにいたらいい。そうすれば旅行中のひと時の夢だったのだと、目が覚めるはず。
そう思っていたのに、夢から覚めるにはどうしたらいいのか、見失いかけていた。
どうして父と関わりのないところで、出会えなかったのだろう。そんなことを嘆いてもどうにもならないとは、わかっているけれど。