ひと夏の思い出 と 一生の思い出【完】
「社長はバカです。なんで、私がなんとも思ってないなんて思うんですか? なんで、高校生の女の子が、なんとも思ってない男子に誘われて、毎日出かけると思うんですか?」

その時、社長は初めてうろたえる。

「えっ、だって、実里から話しかけて来たことは1度もなかっただろ。
 俺は、実里から話しかけてくれたら、その時は勇気を出して告白しようと決めてたのに……」

いつも雄弁な社長が、しどろもどろになる姿を初めて見た。

「ステージに上がるだけで足が震えるあがり症の私ですよ? 人見知りでいつも聞き役の私ですよ? 好きな人を前にして、話しかけられるわけないじゃありませんか!」

「えっ……」

初めて語る自分の気持ち。

今までふわっとしていたものが、言葉にすることで、初めて形になる気がした。

「会社に入っても、平社員が社長を簡単に誘えるわけありません。見てるだけで精一杯です。それでも、社長が結婚してしまうなら、私の人生、最初で最後の経験を一生の思い出にしようと、自分でシナリオを考えて、勇気を振り絞ったのに……」

その結果が、一生愛人だなんて……

「えっ? ひと夏の思い出じゃ……」

「それは社長です。社長にとっては、一夜の過ちでも、ひと夏の思い出でもいい。そう思って声を掛けたの……に……」

私の言葉を最後まで聞くことなく、社長は性急に唇を重ねて来る。何度も、何度も。

その唇が離れた時、社長は思いもよらぬことを口にした。

「実里、結婚しよう。付き合うのは、結婚してからでいい。もう、実里を離したくない」

「えっ……
 あの、頭取の娘さんは……?」

結婚するんじゃ……

「そんなのその日のうちに断ってるよ。娘が一目惚れしたとか言ってたけど、そんなことに親が出て来るような家、結婚したらめんどくさくてしょうがない。何より、俺が好きなのは、実里なんだから」

そう……なの?

じゃあ……私……

「何のために勇気を出したの……?」

私は呆然としてしまう。

すると、社長は、くすっと笑みをこぼした。

「そんなの、俺とこうなるためだろ?」

社長は、再び、私を昨日の夢の中へといざなっていく。

そして、私は、夢の奥深くへと溺れていく。

昨夜とは違う、幸せに満ちた思いで……


社長、私も、大好きです。

ひと夏とは言わず、これから、何十回もの夏を社長と過ごせたら……


夢から覚めたら、今度こそ社長にちゃんとそう告げよう。


─── Fin. ───


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